ピストジャムが綴る「世界で2番目にクールな街」の魅力 「シモキタブラボー!」シモキタエキウエ

シモキタブラボー!

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

「世界で2番目にクールな街・下北沢」で23年、暮らしてきたサブカル芸人ピストジャムが綴るルポエッセイ。この街を舞台にした笑いあり涙ありのシモキタ賛歌を毎週、お届けします。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

シモキタエキウエ

12月10日、土曜日。小田急線下北沢駅で絵を描かせてもらえることになった。

3年前にオープンしたシモキタエキウエという商業施設。その2階のイベントスペースで、11時から16時の間にライブペインティングをさせていただく。

ライブペインティングといっても、派手なことをするわけではない。キャスターが付いた移動式の黒板にチョークで絵を描く、いわゆる黒板アートというものだ。

いままでキャンバスやかまぼこ板には絵を描いてきたが、黒板アートは3か月前までやったことがなかった。初めて黒板アートに挑戦したのは、吉本興業の新宿本社受付にある黒板。

今年、吉本は創立110周年を迎えた。それを記念して、絵の得意な芸人が月替わりで黒板アートを披露していくという企画に参加させてもらった。

僕なんてなんの実績もない無名の芸人なのに、マネージャーの早坂さんの計らいで思わぬ機会をいただけた。オファーをもらったときは、もちろん二つ返事。

うれしくて、断る選択肢はなかった。本社を訪れたときはいつもその黒板を目にしていたし、なんとなくサイズ感はわかっていたつもりだったので、容易にできると思った。

しかし、いざ黒板の前に立つとあまりの大きさに圧倒された。縦2メートル、横6メートル。

まるで巨大なクジラと対面しているようだった。脚立がなければ、上のほうにまったく手が届かない。

何度も脚立をのぼりおりしてはこまかく移動して、離れて全体像を確認して、また描き出す。そんな作業をはてしなく繰り返した。

夕方から始めた作業は、気がつくと朝になっていた。12時間は描き続けていただろう。

恐ろしいことに、不思議と疲れはなかった。むしろ、絵が完成した喜びと達成感で心地よかった。

僕は、けっして絵がうまいわけではない。それは自分でよくわかっている。

ただ、描くことが好きなだけ。子供のころからそうだった。

絵を描いている瞬間は、すべてのことを忘れて自分の世界に入り込める。それは日常から解放されて自由になれるいやしのひとときで、この時間は何ものにも代えがたい。

しかも僕が描く絵は、かなりかたよっている。どこか間の抜けた、ゆるい雰囲気をかもし出す異形のものばかり。

今回描いた絵もそうだ。富士山の上空を楽しそうに飛ぶ、翼のはえた青髪の河童。口から大蛇のような舌をべろんと出して笑っている、赤い一つ目のウサギの妖怪。キングギドラみたいに三つの頭を持つ、黄色い毛むくじゃらの怪物。自分がしたおならでひっくり返って、そのおならを吸い込んでいるドジな悪魔のようなばけもの。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン
イラスト:ピストジャム

彼らは、僕の頭の中に住んでいるピストジャムワールドの住人だ。幼いころから水木しげる先生が描く妖怪や、鳥山明先生が描くドラゴンクエストのモンスターが好きだった僕にとって、異形のものは怖い存在ではなく、一緒に遊んだりできる愛らしい友だちのような存在なのである。

気持ち悪いものを描くな。そう怒られるかもしれないなと思ったが、その絵は思いのほか好評だった。

翌々月には、二つの場所で黒板アートを描かせていただいた。熱海で大々的に開かれたATAMI ART GRANT 2022。狛江第一小学校の創立150周年記念イベント。どちらも評判がよく安心した。

熱海の作品は、会期が終わってから購入希望の問い合わせがあったとうかがった。狛江第一小学校のイベントでは、絵を描いているときは夢中で気づかなったが、たくさんの子供たちが僕のすぐそばで黒板を食い入るように見つめていたらしい。

後日、子供たちが書いてくれたメッセージカードをもらった。覚えたてのぐにゃんぐにゃんの字で、「すごいね」「すごくじょうづ」「いっこいっこちょうくでかいて、とてもすごい」「とりとか人げんのひょうげんがすごい」「人がかいじゅうみたいのを人がバットでうとうとしてる」などと綴られていた。

一生懸命なその字を見ているだけでほっこりしたし、なによりそんなに楽しんでもらえるとは想像もしていなかったので感動した。子供たちに喜んでもらえたのなら本望だ。

数日前にも、吉本本社受付の黒板に再び絵を描かせていただいた。社員の太田さんは絵を見て「素晴らしかったです。月並みな言葉ですが、圧倒されました」と、わざわざ連絡をくださった。そのひとことで報われた気がしたし、励みになった。

12月10日が待ち遠しい。愛してやまないシモキタを、黒板アートで思いきり表現したい。

観覧は無料なので、近くのかたや時間のあるかたはぜひぜひのぞきに来てください。当日は、そこで僕の本も販売します。

特製ステッカー付き、サインとイラスト入り、写真撮り放題で、1500円です。シモキタエキウエ2階でお待ちしています。


このコラムの著者であるピストジャムさんの新刊が10月27日に発売されました。

書名:こんなにバイトして芸人つづけなあかんか
著者名:ピストジャム
ISBN:978-4-10-354821-8
価格:1,430円(税込)
発売日:2022年10月27日


出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ピストジャム
1978年9月10日生まれ。京都府出身。慶應義塾大学を卒業後、芸人を志す。NSC東京校に7期生として入学し、2002年4月にデビュー、こがけんと組んだコンビ「マスターピース」「ワンドロップ」など、いくつかのコンビで結成と解散を繰り返し、現在はピン芸人として活動する。カレーや自転車のほか、音楽、映画、読書、アートなどカルチャー全般が趣味。下北沢に23年、住み続けている。