俳優の星田英利が執筆した初小説『くちを失くした蝶』(KADOKAWA)の発売記念トークショーが、9月8日(日)に東京・新宿ロフトプラスワンで開催されました。ピン芸人の“ほっしゃん。”として活躍した星田がコロナ禍の苦痛が降りかかるなかで、いかにこの作品を生み出したのか――。トークショーでは、日本の子どもの問題などを手掛けるジャーナリストらをゲストに呼んで、作品の背景にある社会問題や、星田自身のこれまでの体験について語りました。
コロナ禍から生まれた作品
この日のトークショーには星田のほか、3人のゲストが登壇しました。『ルポ自殺』『学校が子どもを殺すとき』などの著作があるルポライターの渋井哲也氏、新刊『心理的虐待~子どもの心を殺す親たち~』を出版したばかりのフリーライターの姫野桂氏、そして現代の社会問題を追い続けるジャーナリストの津田大介氏です。
『くちを失くした蝶』は、女子高生・ミコトが主人公。貧困、ネグレクト、いじめ……、幼いころから心と体を削られ続け、それでも必死に生き抜いてきたミコトは、逃れられない現実に絶望し、18歳の誕生日に自らの命を絶つことを決意し――。
まずは、星田が執筆に至った経緯をこう語りました。
「書こうと思ったのはコロナ禍でした。外出が禁止されて、ボクも単身赴任だったので家族とも会えなくて……。ボクは仕事もできず、家族がいながら稼ぎがなくて、こんなこと言ってはいけないと思うんですが、『死のう』というのが頭から離れなくなりました。それで何かをしないと、(心を)持っていかれると思って、スマホで何かを書き始めようと思い立ったんです」
自分のことだとすぐに書き終わってしまいそうなので、経験のない完全フィクションにしようと「女子高生のミコト」を主人公にしたといいます。そして、「書き終わらないように、毎日狂ったように書いていた」と振り返りました。
「それで貧困やネグレクト、いじめに悩むミコトの主人公像ができました。登場人物たちには、どこかボクの要素が入っています。この先、もしも映画化するようなことがあれば、ぜんぶ自分が演じたいと思いながら書いていていた感じですね」
生み続けなければならない恐さ
ここでオーダーしていたお酒がステージに到着し、津田氏の「星田さん、初小説おめでとうございます!」という発声に合わせ、観客も一緒に乾杯をしました。
津田氏は、星田にこう問いかけます。
「コロナ禍では、人前で表現をする人たちの仕事がなくなって。書くことがある種の癒しというか、セラピーのような役割になっていたんじゃないですか?」
これに対して星田は「僕の場合は、コロナで活躍できなかったわけじゃない。自分が徐々に思うように動けないとなったところに、コロナでダメ押しされた感じ」としながら、こう言ってうなずきました。
「まだ書いているから、終わってはいないんですよ。この子(『くちを失くした蝶』)が先に巣立っていっただけ。だから、生み続けなければならない恐さはありますよね」
一方、姫野氏が印象的なシーンとして挙げたのは、友人たちとの関係が崩れたあとのLINEのやりとりなど、長く続くミコトのツラい描写。
「自分が中高生だった時代にLINEがなくてよかったなと……。それと、文章がめちゃくちゃ美しいと思いました。情景が浮かぶんです。川のシーンとか……」と語ると、津田氏がこう続けました。
「この作品は登場人物が少なくて、基本はミコトの心象風景。過去と現在を行ったり来たりしながら、なぜ、いまミコトがこういうこと(18歳の誕生日に自殺)をしようとしているのか、その伏線が回収されていく。心象風景と実際の風景の描写が続くなかで、複雑に絡み合ったものがほぐれていくんですよね」
非日常的な出会いが日常を壊してくれる
作品のなかで重要なカギとなるのが「川」。渋井氏は、その「川」についてこう指摘します。
「(ミコトは)川で老人に会うわけですが、ふだんは行かない場所で、自分のふだんの生活ではまったくかかわらないホームレスのご老人と出会う。そんな非日常的な出会いが、日常を壊してくれる、あるいは再構築してくれるというのがいいなと思いました」
星田は「突発的な違和感で何かが生まれたり、新しくなることがありますよね」と、その意図を説明します。
「小学校のころに、友だちと野球をしていると、突然、知らないおっさんが『ノックするぞ!』って入ってくるんです。『正面で取れ!』とか怒られながら、ボクらは(野球を)続ける。それで『今日はこのくらいにしといたるわ』っておっさんが帰っていくんですよ。僕らは、『あれ、誰やねん!』と思いながら、こんなに真剣にやるのって楽しいんだなという気持ちが残ったりして……。だから、違和感があるものが混じり合うのって“成功”だと思うんです。それで生まれるすごさってあると思う」
そして、「『いかバター』もそう。本来は海のイカと陸の牛の乳が合わさることなんでないんです」とオチをつけて笑わせました。
“川”が読者に伝えるものとは
津田氏も、「川」の描写についてこう問いかけます。
「この小説がすごいと思うのは、ミコトが強さを得たというより、自分のなかにあるものを再発見して、絶望の先に踏み出すことができているという点です。そのきっかけのひとつとして、繰り返し登場する川のメタファーが重要になってくると思うのですが、川がこんなに重要な存在になることは、執筆中に考えていらっしゃったんですか?」
これに対して星田は、幼少期の記憶を振り返りながらこう語りました。
「ボクはおじいちゃん、おばあちゃんっ子で、子どものころは、夏休みになると和歌山の山奥にある2人の家に預けられていたんです、水がすごくきれいで、いまでも山から水を引いて生活しているくらい。ボクも川でよく泳いでいました」
「お盆の時期は、かぼちゃとかの飾り付けが流れてきたり、これは絶対にダメだし、僕もショックだったんですけど、おじいちゃんが増えすぎた野良猫を流したりもしていました。野生のイノシシの骨が落ちていたりもして、川にはすべてを包み込むようなイメージがあったんです。永遠に川上から川下へ流れる。命の源と終わりみたいなイメージはずっとありましたね」
このほか、観客からの質問に登壇者が真剣に答えるなど、本の内容にとどまらず、さまざまな社会問題が語られたトークショーは2時間超に及び、最後は大きな拍手で幕を閉じました。
このトークショーの模様は9月22日(日)までオンラインでアーカイブ視聴ができます。
詳細はこちらから。
書籍概要
『くちを失くした蝶』
著者:星田英利
発売日:2024年9月3日(火)
定価:1,760円(本体1,600円+税)
頁数:224頁
判型:四六判並製 単行本
出版:KADOKAWA
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