吉本興業ホールディングスの大﨑洋会長と、映画化もされた『ビリギャル』の著者・坪田信貴氏の共著『吉本興業の約束 エンタメの未来戦略』(文春新書)の刊行を記念して、福岡市中央区の「よしもと福岡 大和証券/CONNECT劇場」でトークイベントが開かれました。大きなテーマは「人材育成」。ゲストに大﨑会長とゆかりの深い、九州大学の岡田昌治教授、都市・地域再生プロデューサーの清水義次氏を迎え、和やかな雰囲気のなか、さまざまな意見が交わされました。
同書は、大﨑会長がこれまでラジオで話したことのほか、イベントでの対談、あるいは新たに撮り下ろしたスペシャル対談などを構成したものです。大﨑会長がいま「語る」理由から始まり、吉本興業が地方をどう元気にしていくか、アフターコロナの時代に吉本興業がどうあるべきかなど、大﨑会長が掲げる「デジタル」「アジア」「地方創生」の道筋と“よしもとの未来”が、ときに真面目に、ときに軽妙に論じられています。
「学びの場はどこでもいい」
12月2日(水)に開かれたこのイベントでは、まずは大﨑会長と坪田氏が登壇。2人の出会いやこれまでの経緯を説明しながら、大﨑会長が、2010年に吉本興業を非上場化した際のことに触れ、こう語ります。
「昨今のデジタル化の波にちっぽけな吉本興業も飲まれこむんじゃないかと思って、数字を追いかけるだけではなく、もっとさまざまなチャレンジをしていきたいと考え、60年間上場していた会社を非上場にしました」
デジタル時代において、企業の役割も変われば、そこで求められる「人材育成」も変わってきます。「人を育てる学びの場はどこでもいい」と言う大﨑会長は、吉本の非上場化後に、さまざまなプロジェクトを具体化してきました。
そのひとつが、47都道府県に「住みます芸人」たちが住み込み、地域活性化のための活動をする「あなたの街に住みますプロジェクト」。2011年に立ち上げ、いまやその活動の場はアジアにも広がっています。
大﨑会長は、こうした取り組みを通じて、エンターテインメントが地方創生に貢献していることを紹介。さらに、2021年末に「地方創生」を中心テーマに据えたBS放送「よしもとチャンネル(仮)」を開局することも報告します。番組は、すべて地域にかかわるコンテンツで構成する計画で、「1番組1事業」、つまり番組で取り扱う地域ネタの一つひとつを事業化し、持続可能なビジネスとして地域の社会貢献につなげていこうという構想です。
一方、個別指導の学習塾「坪田塾」塾長でもある坪田氏は、自身の経験から従来の“学び”の枠にとらわれないことの重要性を説きます。
「僕は塾生の親御さんとお話をする機会が多いのですが、そこでいつも感じるのは、自分の子どもに対する可能性を“勉強ができるかできないか”だけで判断してしまう場合があることです。もちろん大学に行くためにはそれも必要ですし、その成功体験が社会で活躍するきっかけになる。だけど、それは子どもたちの可能性を狭めることでもあるんだと実感するんです」
「学問はエンターテインメント」と言う坪田氏は、まずは「勉強」を好きにさせることが大切だと語ります。
「『一歩踏み出すこと』と『毎日継続すること』が人との出会いにつながり、大きな成長になるのです」
「街づくりには情熱のある若者の力が必要」
トークセッションに登場したゲストの清水氏と岡田教授は、どちらも「社会課題」解決のプロです。
「リノベーションまちづくり」を掲げるアフタヌーンソサエティ代表の清水氏は、これまでに数々の都市、地域の再生プロデュースをしてきました。吉本興業の東京本部が歌舞伎町の小学校跡地に移転した際も、そのプランをつくったのは清水氏だったとのこと。現在も、全国80カ所以上でリノベーションスクールを開催するほか、全国的に注目される岩手県紫波町の地域創生プロジェクトにかかわるなど、精力的に活動しています。
大﨑会長が、清水氏とのかかわりについてこう語りました。
「歌舞伎町は、“かぶく”という言葉から付けられた名前でエンターテインメントの街なのに、当時はそういう街のイメージを持っていませんでした。本来のエンターテインメントの街にするべきだということで、僕らにお声かけいただいたんです。僕らはエンターテインメントを仕事にしていますので、もう一度ゼロから産業を作るということができたらいいなと思っています」
その清水氏は、「街づくりには、情熱のある若者の力が必要だ」と言います。
「それを無理にやるのではなくて、楽しくやる。むかし、街の“空気”は文化やエンターテインメントが作っていました。僕自身もそういう街の匂いに惹かれて、音楽を知ったり、ファッションを知ったりしました。その街の匂いを作るのに、エンターテインメントは不可欠なんです。楽しいと感じる街に人は集まります。そういうことを、若いみなさんに伝えられたらと思っているんです」
共通するのは「楽しむ」こと
一方、一般社団法人ユヌス・ジャパン代表理事の岡田教授は、バングラディシュの経済学者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス博士が提唱する「ソーシャルビジネス」を日本国内で広める活動をしています。
ソーシャルビジネスは、利益ばかりを求める従来型のビジネスモデルではなく、社会課題を解決するための取り組みをビジネスにする、という新しいビジネスの形。その理念に共鳴して、吉本興業はユヌス博士と提携し、2018年に「ユヌス・よしもとソーシャルアクション(yySA)」を設立しました。現在は「住みます芸人」などから地域が抱える課題を吸い上げ、「ソーシャルビジネス」として事業化する取り組みを進めています。
このyySAでも連携する岡田教授について、大﨑会長は「エンターテイメントを通じて社会課題を解決しようと一緒に活動させていただいています」と紹介しました。
岡田教授は自身が取り組む活動について、フランクにこう説明します。
「社会貢献という固い考え方ではなく、貧困をなくそう、失業率を下げようということです。いま話題になっているSDGs(国連が掲げる持続可能な開発目標)もそうですが、無理なく持続可能な方法を楽しく見つけよう、という。本当にそれくらいしか考えていないんですよ(笑)」
「地方創生」「街づくり」「ソーシャルビジネス」……多岐にわたる話題に共通するのは「楽しむ」こと。坪田氏は「エンターテインメント」という言葉に注目します。
「エンターテインメントという言葉は、人を楽しませることなんです。楽しくならなくても、せめて好きになってほしい。楽しいと思えることをやるための場所があることが、人を成長させるし、その場を作ることもエンターテインメントだと考えています」
「僕自身もチャレンジしたい」
トークセッションでは、大﨑会長が沖縄・宮古島で構想している「街づくり」プロジェクトについても言及されました。2009年から沖縄で毎年開いている沖縄国際映画祭「島ぜんぶでおーきな祭」や、2021年に始まる「地方創生」をテーマにしたBS放送、さらには起業支援のインキュベーション・プラットホームなども集め、宮古島を活気ある街にしようというする壮大な取り組みです。
最後の質疑応答では、会場からこんなド直球な質問が飛びました。
「芸人さんを応援したいので株を買いたいと思っても買えないんですよね? どうして未公開株にしたんですか?」
それに対して、大﨑会長は丁寧にこう答えていました。
「宮古島のプロジェクトも、住みます芸人など、芸人さんたちの力を信じてチャレンジしてほしいこともたくさんあるけど、(株式を)公開するとどうしても利益重視になってしまいます。そのチャレンジを僕自身もやりたいし、芸人さんたちにもやってほしい。だからそうしました。応援してくれるのに、ごめんね」
新しい人材が、新しい発想を生み、社会を元気にする――そのことの大切さを考える夜となりました。
書籍概要
『吉本興業の約束 エンタメの未来戦略』(文春新書)
著者:大﨑洋 坪田信貴
定価:本体850円+税
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