FANYマガジン特別限定連載! 人気芸人5人によるリレー小説「クチヅタエ 第四話」from Amazon Audible『本ノじかん』

人気芸人5人によるリレー小説「クチヅタエ」

人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』! バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボによる珠玉のストーリーをお楽しみください!

人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』! バイク川崎バイク、3時のヒ...

ピース・又吉直樹の「本の魅力を語らないか?」の一言からはじまった、又吉、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫による「第一芸人文芸部」。

そんな「第一芸人文芸部」がお届けする、現在、毎週木曜にAmazon Audibleにて配信中の、又吉が編集長を、ピストジャム、ファビアンがMCを務めるブックバラエティ『本ノじかん』。

毎回、ゲストをお迎えし、好きな作品や著書、影響を受けた一行、執筆方法や読書法など、それぞれのブックライフをMCの2人と語り合いながら、本を愛する方々、そして本にあまり触れてこなかった方々へ、本の魅力をお伝えする番組です。

出典: FANY マガジン

そしてこのたび、『本ノじかん』の企画の一つ、人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』をFANYマガジンで特別連載することになりました。
執筆メンバーは、バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボ(連載順)。

さらに、Amazon Audible『本ノじかん』の『クチヅタエ』で朗読を担当するのは『ヒプノシスマイク』の飴村乱数役をはじめ、『アイドリッシュセブン』の二階堂大和役など、人気作品のキャラクターを多く演じている人気声優の白井悠介!

作者も誰も予想できないストーリーをぜひお楽しみください!

『壁のないフィナーレ』第四話 しずる・村上

出典: FANY マガジン

辛うじて動いてはいるものの、脳が縦横斜め皆目わからない酷い揺れ方をしている。
それに被さるように意識もまた段々と遠のいていく感覚に襲われる。
瞼の裏に僅かに残るさっきまでの二人の姿と劣等に塗られた空虚が混沌となり、脳内がマーブル状に黒く溶けていく。
すると次の瞬間、一気に深海に沈められたかのように辺りの音は消えてなくなり、これまで真っ暗闇だった視界の、
ずっと奥の方に仄かに光る火花のようなものが見えた気がした。

「ジジジジ……」

いや、見えた気がしたわけじゃなかった。
僕が今この目にしているのは、白いケーキのようなもののすぐ真上で音を立てチカチカと光り輝く、文字通り実際の火花だった。
そして、次の瞬間には外国人女性によってとにかく陽気に歌い上げられた、聴き馴染みのあるフレーズが耳の中で大きくこだましていた。
歌い主の名前こそわからないが、誕生パーティーなどで誰もが一度は聴いたことがあるであろう世界的名曲のあの一節だ。
ここ最近の日本で言ったら“午前0時を何たら”で始まるそれだ。
「ハッピーバースデー……トゥーユー……」
何かしらを確認したかったのか、歌詞にオウム返しするかのように乾ききった声音で僕はそう呟いていた。

意識もぼんやりと戻ってきた。
そして、自分の身に起きた事態を把握するのにはそこからさほど時間はかからなかった。
ついさっきまで、僕が“意識の深いところで暗い闇に飲み込まれていた”みたいに勘違いしていたものは、この“BAR自体の照明が全て落とされただけのただただ物理的に真っ暗な店内”であって、ある客が帯同者のある客に向けて誕生日のサプライズを店側に事前に依頼し、それを店員らが実践に移した、という都内各所で毎夜行われているであろう、あの演出の一場面に過ぎなかったのだ。

そして、例の焦げ臭い匂いを携えた、上部が「パッパ、パッパ」と黄色く点滅する生クリームの塗られたドーム型のシフォンケーキが、よく出来た満面の笑みの店員によってこちらの方まで運ばれ、
【沙也加と直人】だとばかり思っていた、僕のカウンターすぐ横に並ぶ
【男(A)と女(A)】二人の前に、そっと置かれたのだった。

「誕生日おめでとう」
「えー、本当に嬉しいんだけど!」

女の子が本当に嬉しいのなら良かった、と思った。
そうして、二人の祝いの儀式を横目に何となくやり過ごしていると、同時に店内の明るさも元に戻っていき、カウンターの下で密かに繋がれていたはずの二人の手と手は、ケーキに刺さった花火に照らされテーブルの上にそっとその影を伸ばした。
自動的に僕の脳内フィルムに記憶されたその画像は、言わば[ヒトの幸せ]というフォルダの中に収められる。

また、だ。

[ジブンの幸せ]フォルダの空き容量はそのままに、頼んでもいないデータたちが僕の中に収納されていく。

改めてだが、“カメラアイ”という能力によって切り取られた映像はそれらがどんなものであろうと、均一のリズムで、機械のごとく整理整頓され僕の体の中に納まっていく。
その都度都度で処理がしきれない感情だってあるのに、目前に広がってしまった景色たちはただ指を咥えているだけで無感情に僕の中へと蓄積されていくのだ。
自分が幸せを感じられていない日々が続いていようが、人の幸せな瞬間に遭遇すれば否応なしにそれが一つの絵となり、僕の体の一部になってしまう。

ふと、振り返る。
“神童”と呼ばれていた幼少期は、目に映る全ての物事が瞬間記憶されていく度に、この世界は自分のものだと思った。

小学校高学年の頃、学校で教わるもの全てを吸収できている気がして毎日が有頂天だった。
だから、みんなに勉強を教えてあげた。
好きな子にも、その子が知らないことを全部教えてあげた。

中学校を卒業する頃、勉強したものは勿論全て覚えているので志望の高校に進めることになったが、好きな子と同じ高校に行けるわけではなかった。
それどころか、その頃には好きな子とどう話したらいいかもわからなくなっていた。
それはだって、そんなことを教えてくれる授業はなかったから。
その子のことで覚えているのは、顔と名前と身長と体重と血液型、家族構成に住所、それから……。

高校に通うようになった頃、相変わらずどんな教科だろうがいくらでも覚えられるが、選択授業というものが現れた瞬間、そこで自分が何を選びたいかがわからなかった。
誰と何を喋ったかは覚えているけど、誰と何を喋ればいいかはわからなかった。
この頃には、好きな子ができることすらなかった。

大学に入った頃には、もはや自分が何をしたいのかがわからなくなっていた。
わかるのは、過去に自分の目の前で起きたことだけ。
言わば現象、その場で起こった事実だけだ。
僕の中には、自分が生きてきて見てきた20年分のデータだけがあって、裏を返せばデータだけしかなかった。

大学3年の就活を考え始める季節に、思った。
周りのみんなが笑っている中で自分がどんな顔をしているか、よく考えたら知らなかった、わからなかった。
そもそもが、見たことがなかった。
そう、“カメラアイ”で唯一見ることのできないもの、映像に残せないもの。
それは、考える、動く、生きる僕の姿だった。

「なんでだよ……」
 
マティーニに浸かるオリーブを見つめながらそう呟いている自分に、気づく。
ゆっくりと、ボーッとした意識の中、幸せそうなカップルを脇目に覚えながらバーカウンターで何故自分が今更こんなことを想起しているのかと考えを巡らせると、頭の奥の方がズキンと痛んだ。
反射的に眉間に皺を寄せると、10年前この同じ場所で似たような感覚を覚えたことが俄かに蘇る。
その頭のぐらつきがアルコールによるものなのか、記憶や思考の捩れから来るものなのかよくわからないが、そこに併せて心の所在の気持ち悪さみたいなものが全身の血液中に流れ込んでくる気持ち悪さを感じ、恐らく僕の喉が「グゥッ」と変な音を立てた。

「すみません、お水もらえますか?」
「かしこまりました」

カウンターテーブルに「L」のような影を微かに落としたスマホ、その右脇のボタンを軽く押すと、ロック画面の地球の上に22時をとっくに過ぎたデジタルの時刻が浮かんだ。
徐(おもむろ)に、誕生日お祝いカップルと逆側の席も振り返り確認してみたが、沙也加と直人はまだ店に来てはいないようだった。
この後、二人がここにやって来たとして「何を話せばいい」、自分がそう逡巡するだろうことがすぐに想像されて億劫な気持ちになった。
いっそのこと、このまま水を一杯飲んだら何かと勝手な都合をつけて帰ってしまおうか。
そんなことを考えているとちょうど、先ほど声を掛けた店員が水を持ってきてくれるタイミングのようだった。

「お客さま、お待たせしました」
「あ、すみません」

グラスを傾け一息で飲む水は喉をぶっきらぼうに通り過ぎていって、気持ちが良かった。

「あの、透さんですよね?」
「あ、はい……。ん……? え?」
「10年前、直人さんとここにいらっしゃった」
「10年ま……? あ、いや、えぇ? マスターさん……?」

仄暗い店内というのもありはっきりと顔を見れていなかったその店員は、よく目を凝らしてみると、確かに10年前直人そして沙也加とも紳士的でありながらナチュラルに会話を交わしていたマスター、店長だった。
頭の中は戸惑いながらも、僕の“カメラアイ”は敏感な反応を見せ、過去のフィルムと照合した結果、まさしくあの時の店長本人だと認識したのだ。

「申し訳ありません、何だか驚かせるようなことをしてしまって」
「いやいや、でも……。10年前とか、しかも僕の名前までそんな覚えてるとか、ビックリしちゃって……」
「いえ、その……」
「えっと……。どうされました?」
「恐らくですね、僕も透さんと同じでして」
「同じ……?」
「あれですよね、瞬間記憶の能力をお持ちですよね?」
「へ……?」
「実は僕もその持ち主でして……」

自分の唾を飲む音が聴こえた。
30年生きてきて、そんな人間をこの目で見るのは初めてだった。


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第四話は、業界内外で大きな話題を読んでいる7人組演劇ユニット「メトロンズ」でも活躍中のしずる・村上。他のメンバーから上手にパスを出してくれそうという期待通りの物語を展開。さらには新たな登場人物の出現も……。次回は、昨年初の著書を刊行し、本編にゲストとしても登場したレインボー・ジャンボ。どのような展開になるのか、乞うご期待!

Amazon Audible『本ノじかん』では、吉本ばななや尾崎世界観、ラランド・ニシダ、Aマッソ・加納など、豪華ゲストをお迎えして、毎週木曜日に配信中です。今後は、小説家の浅倉秋成、絵本作家のヨシタケシンスケ、我らが編集長、ピース・又吉も出演予定。お楽しみに!

過去放送回は全てアーカイブで聴くことができます。

【Amazon Audible『本ノじかん』】
ゲスト:吉本ばなな
ゲスト:尾崎世界観
ゲスト:ラランド ニシダ
ゲスト:Aマッソ 加納

番組概要

第一芸人文芸部プレゼンツ『本ノじかん』

出典: FANY マガジン

配信日:毎週木曜日朝7:00ごろ更新
配信プラットフォーム:Amazon Audible
ナビゲーター:ピース・又吉直樹、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫

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