ピース・又吉直樹の「本の魅力を語らないか?」の一言からはじまった、又吉、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫による「第一芸人文芸部」。
そんな「第一芸人文芸部」がお届けする、現在、毎週木曜にAmazon Audibleにて配信中の、又吉が編集長を、ピストジャム、ファビアンがMCを務めるブックバラエティ『本ノじかん』。
毎回、ゲストを迎えて、好きな作品や著書、影響を受けた一行、執筆方法や読書法など、それぞれのブックライフをMCの2人と語り合いながら、本を愛する方々、そして本にあまり触れてこなかった方々へ、本の魅力を伝える番組です。
そんな『本ノじかん』の企画の一つ、人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』をFANYマガジンで特別連載することになりました。
執筆メンバーは、バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボ(連載順)。
さらに、Amazon Audible『本ノじかん』の『クチヅタエ』で朗読を担当するのは『ヒプノシスマイク』の飴村乱数役をはじめ、『アイドリッシュセブン』の二階堂大和役など、人気作品のキャラクターを多く演じている人気声優の白井悠介!
作者も誰も予想できないストーリーをぜひお楽しみください!
『壁のないフィナーレ』第七話 3時のヒロイン・福田
一体何なんだ今日という日は。
やたらと長い箸でばあちゃんの骨をつまんで「これが指仏ですよ」と微笑む葬儀屋の顔が不意にフラッシュバックして、僕はばあちゃんを空へ送り出した余韻に浸ることすらままならなかったことに今気付いた。
沙也加とスタジャン男に連れられエレベーターに乗り込む。次にフラッシュバックしたのは、先ほど目覚めた部屋の前方にあったホワイトボード。沙也加にメガネをかけられた途端明瞭に映り込んだ文字の数々を思い出し、読んでみる。
「さりげない気遣いと共感」「ミラーリング」「単純接触効果」などの単語をいくつか捉えたところで1階に着き、僕はなぜかごくごく当たり前のように沙也加達についていき、車に乗り込んだ。
運転席にはもはや見慣れた頭があった。僕はもう眉から下が隠された100の頭が並べられたとしても利きマスターを出来るだろう。
「すみませんね、最初はモテたいだけの集団だったんですがね……」
マスターがまた含ませる。
「よくお眠りになられていましたね。集会の間ずっと起きてこないとは想定外でした。もう他の生徒達は行ってしまいましたよ」
集会……。まるで教団か何かのように一様に奇妙な笑顔を向ける生徒達が浮かぶ。
後部座席で沙也加とスタジャン男に挟まれ幾らかのストレスを感じながら、男に問う。
「それで君は?」
「僕はもともと直人さんのファンだったんです。最初はSNSの恋愛テクニックアカウントからブログに辿り着いたんですが、下まで読むと、続きは有料ということで、セミナーに入会しました」
この手のサイトを見て本当に入会する奴いるんだ、とせせら笑いそうになる寸前、もっと大きな違和感がそれを掻き消した。直人だ。直人がこの上なくダサいのだ。
小学生の僕が見上げていた直人。20歳の僕が見上げていた直人。30歳になった僕が改めて観察したあの頃の直人は、まるで騙し絵のように印象を変えた。
「それで瞬間記憶のトレーニングを受けて、今の妻にも出会えました」
スタジャン男の身の上話などどうでもよかった僕は、へえ、と返した。
直人はなぜ瞬間記憶を身につけたんだ? 僕にひっそり憧れを抱いていたということでいいのか? だとしたら、いつから?
「透、行くよ!」
逡巡している間に目的地に着いたらしい。
繁華街から一本入ったところにあるその店らしき建物は、無機質な鉄の扉で閉じられ、外から見ると何の店なのかまったくわからない。
「それでは透さん、期待しています」
マスターに見送られ、沙也加達と店に入る。
中を進むと、1階だと思っていた廊下は吹き抜けの2階部分になっており、見下ろすと相当な広さのフロアにいくつものソファーが並べられ、こんな時間だというのに無数の男女が賑やかに酒を飲んでいた。その光景を見るだけでも悪寒がするくらいに僕はこういう場所が苦手だ。
沙也加達に続いて階段を降りながら、状況を観察する。
ほとんどが1対1で会話をしていて、よく見るとさっきバーから一緒に移動したスクールの生徒も何人かいる。
有象無象の間をすり抜け、沙也加達についていく。
「あらこんなに若いのに、もう愛人探してるの?」
どうやらペアづくりにあぶれた様子の40代くらいの女性がシャンパンを片手に話しかけてきた。
「え、愛人? 何のことですか?」
「ここに来たってことは、そういうことでしょ?」
助けを求めようと沙也加の方を向くと、沙也加はすでに遠くの方で知らない男性と酒を飲んでいた。
ーー僕はこれを乗り越えなければいけない気がするーーーー。
何人の女性と会話しただろうか。これが何のためなのかすら知らされないまま、僕は代わるがわる入れ替わる目の前の女性と対峙し続けた。
しかし押し寄せてくる情報量の多さに圧倒されて目の前が暗転しかけ、トイレに駆け込んだ後、こうしてまた結局2階から、僕とは違う世界の住人たちをただ観察し続けている。
「覚えた?」
いつの間にか沙也加とスタジャン男がいた。
「覚えてほしいなら素直に最初から言ってくれよ」
「印象に残った人、いる? とびっきり会話が上手だとか、美人だとか、とにかくモテそうな人」
一人だけ、群を抜いた美女がいた。僕から自然に言葉を、まるでトイレットペーパーをカラカラするように引き出しては、大笑いしてくれる。僕以外誰もプレイしてるのを聞いたことがないゲームの名前も知っていたし、友達にも話していないらしい悩み相談を僕なんかにしてくれて、瞬間記憶以外で初めて誰かに必要とされた気がした。
「いたっちゃあ、いたかな……」
幼馴染に女の話をするのは照れ臭いが何か裏があるに違いない。
「何か見た目に特徴ある?」
「うーん、ロングヘアで、別に普通の……あ、鎖骨に小さな星のタトゥーが入ってたな」
「鎖骨に……星のタトゥーが入ってたんだね?」
「うん、そうだけど。あ、ほら、真下にいるよ」
1階を見下ろすと、ちょうど真下にいる彼女のスマホの中まで見えてしまった。改めて優秀なメガネである。
「透、あの女オトせる?」
「は?」
僕があの美女をオトせるわけが……もう一度女性の方を確認してみる。彼女はもう消えていた。
「行くよ!」
沙也加に手をひかれ、店を出ると同時にマスターの車が僕達を拾い、急発進した。
何なんだよ。いいから早くはっきり教えてくれよ。
再び後部座席で挟まれる。
「ごめんね、先に話すと透絶対来てくれないと思ったから」
まあ確かにそうだ。
「今日捕まえた香典泥棒のおじさん、パパ活で金騙し取られて一文無しになっちゃって盗みを働いたんだって。で、騙し取ったのがあの女。さっきの店に頻繁に出入りしてるって情報を香典泥棒が教えてくれたの」
「勘の良い透様ならお気付きかと思いますが、我々は、瞬間記憶とモテテクニックを使って、恋愛絡みの犯罪やトラブルを解決するサービスを提供しております」
「やっぱり」と返事をしておいたが、正直全く気付かなかった。
「恋愛トラブルというのは私情が大きく関わるため、警察では取り合ってもらえないものが多いのです」
隣の沙也加が少し苦笑いをする。
「他にも、何らかの事情で警察に話せないようなトラブルなど、そういったものを我々がアンダーグラウンドで捜査しております」
「で、今回はその香典泥棒の依頼だっていうのか?」
「いいえ、今回は直人様のご依頼です」
え?
「でも直人はこの組織のトップなんだろ?」
「ええ。だからです。直人様が依頼できる相手は、貴方しかいませんから」
沙也加が口を開く。
「香典泥棒から女の話を聞いたとき、星のタトゥーって聞いた瞬間に直人の顔色が変わったのよ」
「実は、直人様はずっとその女性を探しておられました」
どういうことだ?
「透様。本題に入りましょう」
マスターが、運転のスピードと反比例するようなゆっくりとした口調で語り出した。
「なぜ直人様が貴方を必要としているかわかりますか?」
いちいち質問形式にされるのが煩わしく、黙っていると、マスターは続けた。
「ナチュラルとトレーニングには決定的な違いがあります」
だからそれは、先天的な能力か後天的に身につけた能力かの違いじゃないのか?
「僕達は、忘れる生き物なんです」
僕達、という表現が、また自分だけ線を引かれているようで心に少し靄がかかる。僕だって忘れられるものなら忘れたいさ。
「忘却曲線というのをご存知ですか。記憶保持の時間経過をグラフにしたものです。人は何かを覚えても、20分後には42%を忘れている」
僕はマスターの額を眺めながら、ただ結論を待った。
「僕達トレーニングは、目に見えた光景を瞬間記憶することはできます。ですが記憶保持率は普通の人とそんなに変わらない。何度も思い返して定着させない限りは自然と消えてしまいます」
「ですがナチュラルの方の記憶保持率をグラフにすると、限りなく並行に近い直線でしょう」
ほう。それで僕の能力を人探しに使おうっていうのか?
「そして今の直人様の記憶保持率をグラフにすると、右肩下がりに一直線でしょう」
え?
沙也加が続ける。
「直人の記憶保持率は急激に落ちてる。それもものすごいスピードで」
どういうことだ?
「直人様の瞬間記憶のスキルは今も衰えていません。ですが、確実に、忘れるスピードが早くなっています。それも、忘れるはずのないようなことを、一つ一つ、忘れ始めています」
理解が追いつかない。
「直人さんはあの女性を忘れたくないんです」スタジャン男が久しぶりに口を開く。
忘れたくない……。忘れたいことばかりの僕にとって、忘れたくないという気持ちが到底理解できない。
「着きました」
僕達は車を降りて走った。
体の中に熱い何かが込み上げて、疲れを覆い隠した。走るスピードを上げながら、心の中ではっきりと発した。
ー僕は誰かに必要とされたかったんだーーー。
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第七話は、女優としても活躍中のお笑いトリオ「3時のヒロイン」の福田。主人公や彼を取り巻く登場人物の心理描写、情景描写はさすがでした。もちろんお笑い要素を入れることも忘れません。第九話は第三話を担当した「ニッポンの社長」辻。三話で他のメンバーの度肝を抜いた奇想天外な展開は今回も見られるのか、乞うご期待!
Amazon Audible『本ノじかん』では、吉本ばななや尾崎世界観、ラランド・ニシダ、Aマッソ・加納など、豪華ゲストをお迎えして、毎週木曜日に配信中です。今後は、小説家の浅倉秋成、絵本作家のヨシタケシンスケ、我らが編集長、ピース・又吉も出演予定。お楽しみに!
過去放送回は全てアーカイブで聴くことができます。
【Amazon Audible『本ノじかん』】
ゲスト:吉本ばなな
ゲスト:尾崎世界観
ゲスト:ラランド ニシダ
ゲスト:Aマッソ 加納
番組概要
第一芸人文芸部プレゼンツ『本ノじかん』
配信日:毎週木曜日朝7:00ごろ更新
配信プラットフォーム:Amazon Audible
ナビゲーター:ピース・又吉直樹、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫
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