FANYマガジン特別限定連載! 人気芸人5人によるリレー小説「クチヅタエ 第八話」from Amazon Audible『本ノじかん』

人気芸人5人によるリレー小説「クチヅタエ」

人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』! バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボによる珠玉のストーリーをお楽しみください!

人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』! バイク川崎バイク、3時のヒ...

ピース・又吉直樹の「本の魅力を語らないか?」の一言からはじまった、又吉、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫による「第一芸人文芸部」。

そんな「第一芸人文芸部」がお届けする、現在、毎週木曜にAmazon Audibleにて配信中の、又吉が編集長を、ピストジャム、ファビアンがMCを務めるブックバラエティ『本ノじかん』。

毎回、ゲストを迎えて、好きな作品や著書、影響を受けた一行、執筆方法や読書法など、それぞれのブックライフをMCの2人と語り合いながら、本を愛する方々、そして本にあまり触れてこなかった方々へ、本の魅力を伝える番組です。

出典: FANY マガジン

そんな『本ノじかん』の企画の一つ、人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』をFANYマガジンで特別連載することになりました。
執筆メンバーは、バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボ(連載順)。

さらに、Amazon Audible『本ノじかん』の『クチヅタエ』で朗読を担当するのは『ヒプノシスマイク』の飴村乱数役をはじめ、『アイドリッシュセブン』の二階堂大和役など、人気作品のキャラクターを多く演じている人気声優の白井悠介!

作者も誰も予想できないストーリーをぜひお楽しみください!

『壁のないフィナーレ』第八話 ニッポンの社長・辻

出典: FANY マガジン

……ん…………?

どこだ?

痛ぇ………。

ほんの少しだけ気を失ってたかもしれない。本当に今日は良く気を失う日だ。このペースだとあと7〜8回は失ってしまうのではないか。

これまでの人生で気を失うことなんてなかったのに。

そうだ。車から飛び出して間もなく、ドンっと何かが右足の脛に激突した。

身体が宙に浮き、気付くと目の前に地面が迫っていた。

そして視界は闇に染まった。

口内に異物が入ってる。
顔を横に向け、ぺっと吐き捨てた。唾液とともに少量の砂が飛び出した。おそらく口の中の痛みからして赤色だろう。鼻や顎からも血が出ている。鉄臭いわけだ。そしてその顔の傷にべったりと砂がついているので、くそ、なんで砂利道なんだと一瞬嘆きかけたが、もしコンクリートだったら完全に顎が割れていたかもしれない。とりあえず起きあがろうとするが、ここで膝の痛さにも気付く。すぐには立ち上がれそうにない。
目の前に眼鏡が落ちていた。サイズが少し小さかったからか、転ける直前に外れたようで、それが幸いし傷はほぼなかった。それに比べて僕はほぼ受け身を取れずに顔から落ちてしまったようだ。
逆だったら良かったのにと嘆きながら右手で眼鏡を拾い、装着した。

レンズを通しても辺りはポツンポツンと街灯こそかろうじてあるが人気(ひとけ)はない雰囲気を感じた。

「おー起きたか。お前は何しにきたんだ?」

男がこちらを覗き込んできた。ここで新たに5つのことに気付く。
1つは、どうやら僕の顔がすっかりハンサムになってしまったのはこいつが走ってる僕に足を掛けやがったからだということ。
そして、2つ目はこいつがまだ記憶に新しい昼間の香典泥棒だと言うこと。
眼鏡がほぼ無事だったのは不幸中の幸いか、でないと昼間と同じくまたこいつを直人と見間違えてたかもしれない。これが3つ目。
そして香典泥棒の後ろに車を同時に飛び出したスタジャンの男が倒れてることにも気付く。4つ。
僕の足を掛けてすぐにスタジャンを始末したってことか? おそらく素人じゃない。これで5つ。
そしてさらにおまけにもう一つ、ここまでやたらと思考が巡っている自分に驚く。これまでの人生で修羅場を経験してきた訳ではない。働いてはいるがほぼ引きこもりのような生活をしていた。なのに何故か先程から頭から何かが溢れおちそうな感覚に陥っていた。現にこの6つの情報を処理することに1秒もかかっていないだろう。時間が凄くスローモーションに感じる。
思考が時間を置き去りにしているような感覚。
そうだ、沙也加は?

ゆっくり立ち上がり振り返る。
すると僕らが出てきた車の前で沙也加が男に刃物を突き付けられている。

「お前聞いてんのか? あ?」

香典泥棒が猛っているのを他所目にまた一つ事実が発覚する。
沙也加に刃物を突きつけているのはどことなく気まずそうな面持ちのマスターだ。
驚いたのはこの光景を目にしたこと自体にではない。自分がここまで予想外の事態にあったにも関わらず、物凄く冷静なことだ。鼓動もおそらく早くない。だがアドレナリンだけは出ているようで、傷の痛みは既にどこかに消えている。

今目の前でことが起こっているというより、まるで久しぶりに好きな映画を見返しているような感覚だ。あ、そうだ、ここでこのシーンがあったんだ。とか、ん? この人ビル・マーレイに似てるんだよな。昔友達にビル・マーレイが出てる映画って言っちゃったよ。とか、『ホームアローン』を観て、あれ? 鳩のおばさんが出てこない。あれ2(ツー)だったかー。とか、『エイリアン』でシガニー・ウィーバーが坊主にしてたのって3だったんだー。2だと思ってた。とか、それでいうとみんな『ターミネーター』の2を1だと思ってる人多すぎるよな。最後のアイルビーバックのせいか? なんしかみんなシュワちゃんは味方のイメージなんだよな。あと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』であれだけ過去に干渉するなと言ってたドクが西部時代から女連れて帰ってきたのはいまだに許せねぇ。いや、許すけど。てか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』好きだな俺。

ってとこまで0コンマ何秒の速さで溢れてくる。
しかもカメラアイよろしく全てそのシーン、しかもまだ視力が落ちる前に観たシーンはより鮮明にわざわざ浮かび上がってくる。
そしてこの無駄かと思われる思考の波も1秒もたたないうちに全て頭に流れ込んで溶けていくので時間のロスはほとんどない。1秒が1分ほどに感じる。普通はこの情報を処理しているうちに置いてけぼりにされたりするんだろうが、逆に僕が周りの情報処理をかなりの時間、待っているような感覚。身体は1秒だが脳は60秒に感じているかのような感覚。
小難しいミステリー映画を一時停止してゆっくりと考察をしているみたいだ。僕はどうしてしまったんだ。

冷静が過ぎるが故に驚くことも忘れてしまっていた。礼儀というかマナーというか、せめてこちらから聞くのが筋な気がして、ここでマスターに問う。

「マスター、何やってるんですか?」

するとマスターが口を開いた。

「え……あ、嘘ですよ。嘘……!」

「……え?」

「あ、すみません、ほんとです。僕1回嘘ついちゃうんで……」

僕の思考がピタッと止まった。

止まった次の瞬間、おびただしい数が流れてきた。

まるでジェットコースター。エゲツない角度で落ちてきた。
落ちる前に一瞬止まるやつ。これ山梨県のやつだ。落ちる角度も90度を超えているやつ。

いや……。

嘘ってなんだよ!

何が嘘なんだよ!

刃物突きつけてることを聞いてるんだよ!

嘘とかないんだよ!

実際やってるんだよ!

そんで、本当ですってなんだよ!

わかってるよ!

一回嘘って言ってしまうってなんだよ!

バーのマスターとしてどうなんだよ!

こういう状況でもなのかよ!

てことは冗談じゃなかったのかよ!

ハゲ!

このハゲ野郎!

なんでモテる武器がまず瞬間記憶だと思ったんだよ!

まず最初にハゲとか治せるだろ! 時代的に!

いや似合ってるけどよ!

そんでまんまと結婚出来たのかよ!

じゃあ合ってたのかよ!

そういや結婚出来たって話の時は言わなかったな!

あ、こっちが質問とかしないと嘘つかないのか?

いや、こいつがやってるのは正式には嘘じゃないのか!?

嘘じゃないことを嘘って言うだけ!

その後すぐ本当って言うし!

もうわかんねー! なんだこいつ!

……ハッハッハッハッ!!

……アーハッハッハッハッ!!!!!

僕は大声で笑った。

それまで冷静だった振り幅だろうか。久しぶりに笑ったからだろうか、凄まじい開放感に満たされていた。

異様だったと思う。圧倒的に状況の不利な奴が一人で大爆笑を始めたのだから。

しかもじっと立っていられないくらい笑っているので、フラフラしている。気が触れたと思われていることだろう。
顔も血だらけだ。

ただ僕が痛いのは腹だ。もはやお腹だけだ。苦しい。ただ嫌な苦しさじゃない。憂鬱な気分が全部弾け飛んだような真っ白な気分。
そして僕の能力よろしくさっき言葉を放ったときのマスターの顔がずっと脳に張り付いている。少し笑顔が引きつっていて絶妙な顔だ。その顔も今日は眼鏡のせいで鮮明だ。色褪せない。ずっと写真を見ながらさっきのセリフを反復されているような気分。最悪で最高だ。

先程からみんなを置いてけぼりにしていた自負があった僕だが、今回は逆だ。みんなを待たせている。完全に僕の笑い終わるのを待つ時間。

その状況がまた新しいうねりを上げる。

さっきまで勝ち誇った面をしていた香典泥棒も動揺を隠せていない。

「おい……なんだお前! 頭イカれたのか!?」

奴が呆れ顔でこっちに寄ってきたそのとき、

情報が流れてきた。レンズを通して。

奴の履いてるスラックスの右側のポケットが盛り上がっているのを確認する。

大きめの電動髭剃りのような形。

どうやらスタンガンだ。

なるほど、スタジャンを倒した後にポケットを調べて押収したのだろう。 

僕がわずかに気を失っていた数秒の間か。

おそらく人がスタンガンを押収するときにするであろう行為は想像に容易い。
本物かどうか確認する為に一度電源を入れてバチバチっとやるはずだ。
そしてかなりの高確率で「おっかねぇもん持ってやがる」なんてセリフを鼻で笑いながら言っちゃうもんだ。
そして電源をオフにし、ポケットに入れる。
スタンガンはドラマや漫画で何度か、見たことがある。大体、こういう小型の物は親指で電源を入れ、人差し指でスイッチを押す形になっているはずだ。そして押してる間は電気が流れる。こいつは素人じゃない。スタンガンの持ち方は知っているはずだ。
こいつがポケットに入れるときもその向きになるだろう。そう、ポケットに手を入れるときは親指が内側、よって電源が体の内側、スイッチが外側だ。
僕は大爆笑しながらフラフラとよろけて足がもつれるフリをし、奴に寄り掛かった。
「おいおいお前……」
根は悪い奴ではないのかもしれない。酔っ払いでも介抱するかのように僕の肩を持とうとしたとき、僕は左手を奴の右ポケットの膨らみにそっと手を置き、ポケット越しに電源を入れ、スイッチを押した。

バチバチっと一瞬僕の左手と共に奴の右ポケットが光り、奴は一瞬白目を向くやいなや、間もなく重力に正直にばたりと倒れた。どこに当てても効果があるというのは本当だったらしい。それにしても僕が気絶したのも考えるとこいつは相当強力なスタンガンだ。改造されているに違いない。

振り返るとマスターは文字通り口をポカンと開けていた。完全に脳が回転を止めている表情。マスターからすると僕の左手が光ったので魔法でも使ったように見えたのかもしれない。

そしてマスターが持っていたはずのナイフは既に床に落ちていて、沙也加に右腕を決められていた。
マスターの顔を見る限りはそのことにはまだ気付いてはなさそうだった。

「……あ……いや……あんた、人質のことも少しは考えなさいよね」

おそらく言いたいことがそれでないのは分かった。

「ごめん、でもお前いつでもそれ出来たんだろ? こっちの香典泥棒と違ってマスターは見るからに素人だったし。さすが警察だな」

「……透…………」

沙也加は知らない人を見るような目で僕を見ていた。


■FANYマガジン:リレー小説「クチヅタエ」連載ページはこちら

第八話は、三話で奇想天外な展開を見せつけてくれたニッポンの社長・辻。今回は、さらにパワーアップした辻の世界観を堪能することができます。疾走感あふれる主人公の心の声の応酬にも注目です。第九話は四話を担当したしずる・村上。前回に続き、安定の文章力で辻のバトンをどう繋ぐのか。乞うご期待!

Amazon Audible『本ノじかん』では、吉本ばななや尾崎世界観、ラランド・ニシダ、Aマッソ・加納など、豪華ゲストをお迎えして、毎週木曜日に配信中です。今後は、小説家の浅倉秋成、絵本作家のヨシタケシンスケ、我らが編集長、ピース・又吉も出演予定。お楽しみに!

過去放送回は全てアーカイブで聴くことができます。

【Amazon Audible『本ノじかん』】
ゲスト:吉本ばなな
ゲスト:尾崎世界観
ゲスト:ラランド ニシダ
ゲスト:Aマッソ 加納

番組概要

第一芸人文芸部プレゼンツ『本ノじかん』

出典: FANY マガジン

配信日:毎週木曜日朝7:00ごろ更新
配信プラットフォーム:Amazon Audible
ナビゲーター:ピース・又吉直樹、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫

Amazon オーディブル『本ノじかん』はこちら

関連記事

関連ライブ配信

関連ライブ