桂文枝の大阪市24区創作落語プロジェクト『参地直笑祭in北区』が、1月21日(火)に北区民センターで開催されました。この日は、文枝と弟子の桂三語が落語を披露したほか、ゲストに桂小文枝と桂春團治が登場。北区と上方落語の歴史を振り返り、詰めかけたお客さんは大喜びでした。

「北区を落語にするのは難しかった」
2018年からスタートした『参地直笑祭』は、大阪市と吉本興業が締結した地域活性化などを目的とした包括連携協定に基づき、文枝が大阪市24区それぞれの特色を盛り込んだ創作落語を作って、地域の魅力を発信するプロジェクトで、今回、第21弾を迎えました。
前説を担当した“北区住みます芸人”の木尾モデルが「今日、文枝師匠が披露されるのは北区のために作られた落語です!」と説明するなか、笑顔で登場した文枝は「やっと北区に回ってきました……」とほっとしたように話しはじめました。

北区在住の文枝は、意外にも「北区を落語にするのは難しかった」と語ります。梅田や北新地など一大歓楽街がある一方、中崎町や天満など昔ながらの下町もあり、なかなかテーマが絞れません。そんななか、北区にある寄席「天満天神繁昌亭」の話をしてみては?――という助言を受けて、この日披露するネタが完成したとのことです。
ここでゲストの桂小文枝、桂春團治を呼び込むと、さっそくその「天満天神繁昌亭」話に花を咲かせます。戦後60年間、落語の寄席小屋がなかった大阪に天満天神繁昌亭がオープンしたのは、いまから19年前のこと。建設にあたって奔走したのが、当時、上方落語協会会長だった文枝(当時は三枝)でした。

そして、文枝と力を合わせたのが小文枝と春團治。ステージに並んだ3人は、19年前を振り返りながら、ここでしか聞けないエピソードを次々と繰り出しました。
続いて、文枝の弟子で同じく北区在住の三語が「たぬさい」を披露。人間とたぬきのユーモラスなやり取りと、賭場のにぎわいを生き生きと描きました。

三代目春團治が乗った人力車が登場!?
いよいよ文枝の創作落語「しあわせの寄席提灯」がスタート。マクラは北区天満との縁からはじまります。
大阪・堺市生まれの文枝は、母が働いていた中崎町によく来ていたそうで、戦争で亡くなった父も天神橋筋六丁目(天六)にあった銀行の支店で働いていたといいます。そして、「修行中に初めて天六で落語会を開いたときには、母も見に来てくれた」と時おり声を詰まらせながら、若手時代の思い出を語りました。

本題に入ると、繁昌亭が新開場した2006年9月15日、赤い人力車に三代目春團治を乗せて天神橋筋商店街を“お練り”したときのことや、繁昌亭の舞台に掲げるために桂米朝に文字を書いてもらうための交渉したときのことをユーモラスに描写します。
三代目春團治が乗った人力車は現在、繁昌亭のロビーに展示されていますが、今回は特別に北区民センターに登場。三語を先頭に、四代目春團治を乗せた人力車を小文枝が引っ張って会場を横切り、客席を大いに沸かせました。

落語終了後は、文枝が北区の寺本譲区長とトーク。「涙を流しながら笑いました」という寺本区長がネタの創作秘話を尋ねると、文枝は「実は3日前にできました」と苦戦したことを明かします。最後に文枝は、落語や人力車で盛り上がった会場を見渡し、満足そうな表情を浮かべました。