バイク少年の楽屋事件簿その13
【さみしさは人を動かすのか〜マユリカ中谷ココロのスキマ事件〜】

バイク少年の楽屋事件簿

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

なぜ、こんなことになったのか。

楽屋は、人をおかしくさせる要素が充満している、とでもいうのだろうか───。

いつものルミネの楽屋。
バイク少年(BKB)は、同じ楽屋の出演者を見回していた。

ミキ、インポッシブル、マユリカ、広島芸人のメンバー、ヘンダーソン。
その面々を見たとき、バイク少年は、ふとつぶやいた。

「しかし……既婚者が多くなってきたな」

20年以上この世界に身を置いているのだから、周りの状況も変わっていく。それは至極自然なこと。
毎年誰かが結婚したり、子供ができたり、たまに離婚もしたり。

独身のバイク少年は、今年で46cc(46歳)。
俗に言う「いい歳」はとっくの昔に過ぎた年齢だ。
だが、そこまであせってはいなかった。

そこまで、と付け加えた理由としては、漠然とした将来の不安は常に抱えてはいるけれど、ケツに火がついているほどの思いはまだないということ。
しかしながら、それはいつだって、誰だってそうだ。

いわゆる結婚などに対して「今すぐにでも!」的なあせりはない、ということ。

芸人は結婚感に関してあまり世間体という概念はなく、生涯独身の者もいるし、遅くに結婚する者も多いので、このあたりの価値観がなぜか麻痺している。良くも悪くも。

前述した芸人たちの中でバイク少年以外の独身は、マユリカ中谷と、インポッシブルえいじ。
11人中、3人だけが独身。
他の劇場に顔を出しても、実に過半数は既婚者なんてことも最近はざらにある。

少し前までは、そんなこともなかった気がするのに。
ここ数年で芸歴の近い仲間が、どんどん家庭に腰をすえていく。

それを改めて見たバイク少年は───やはり、あせっていなかった。

しかし───淋しくはあった。

仲の良い後輩を、飲みに誘いづらくなった。
劇場合間の昼飯に誘っても、「朝、子どもと食べちゃいました」と言われることも増えた。

もちろんそれは仕方のないことであり、素晴らしいことだ。

バイク少年はなんとなく、楽屋にいた独身仲間のマユリカ中谷に話しかけた。

「既婚者増えたよね、しかし」

「確かにそうすね」

「てか、中谷くんは結婚したいとかある?」

「まあ、それはいつかもちろん」

中谷は即答した。

「まあそうか。相方も結婚して子どももできたもんな」

「そうすね」

「……あせったりはする?」

「多少ありますけど……うーん、あ、でもこんなこと言うのアレですが……」

「なになに?」

「バイクさんがその年齢で独身、てのはだいぶ安心しますけどね。独身大先輩が身近におってくれることが」

「あー、それこの前ななまがりの森下にも言われたな」

事実、バイク少年は後輩たちにそんなふうに言われることが増えた。そんな背中を見せていたつもりはないが、結果、そうなっていた。

「でも、全然モテないんすよねぇ」

中谷がため息交じりにそうつぶやいた。

「そうなん?マユリカなんか、めちゃ人気もあるしおもろいし、脂のっててモテる時期なイメージやけど」

「いやいや、仕事はありがたく忙しくさせてもらってますけど、男としてはね、ほら、カッコよくはないでしょ?」

出典: FANY マガジン
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「うーん、うん」

「うん、だけかい」

「うん……いや、なんかぎこちないのかな笑顔が」

そこに、中谷の相方である阪本が通りかかった。

「なにしてんすか?」

「あ、阪本くん、ちょっと中谷の笑顔がぎこちないなって。あ、阪本くんも笑顔撮らせて」

「はあ。意味わかんないすけど、まあいいすよ」

出典: FANY マガジン
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「うーん」

「どうすか?」

「いや、これも普通というか……あ!じゃあさ、生まれた子ども想像して!それで笑ってみて」

「え?子ども?はい」

出典: FANY マガジン
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「どうすか?」

「いや!うん!あんまり!変わらんけど!なんか柔らかくなってる!気がする!」

確かに、もはや細かな誤差の域ではあるが、優しさがにじみ出た気はする。
これがパパ、というやつか。

BKBが短絡的な結論を出していると中谷は、再びボヤきだした。

「バイクさん、相方の笑顔は今いいでしょ。 さみしいんすよ、最近ほんと」

「まあ、それはわかるよ」

「人肌も恋しいし」

「めっちゃわかる」

「あ……出番や。いってきますね」

「お、おう」

出典: FANY マガジン
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直前まで、こんな切ない会話をしてなんてことは、観劇している客は一ミリも知ることはないだろうパフォーマンスを見せるマユリカ。
芸人の切り替えスイッチの激しさを目の当たりにする。

しばらくすると「おつかれしたー」とマユリカ達が楽屋に帰ってきた。

皆が「おつかれー」と声をかける。

「ふぅ」とため息をつき、汗ばんだシャツをすぐに脱ぎ捨てたマユリカ中谷。

「……しかし、さみしいですね」

「あ、まだ話続いてた?」

出番終わりに、異常にスムーズに会話の続きが始まっていた。

「なになに?さみしいってなにが?」

そこに、ヘンダーソン中村フーが通りかかった。

「ああ、フーさん。いやあ、まあ別に……」

「別に?」

「いや、まあ、さみしさのピークというか」

「そうなんか、まあそんなときもあるわなぁ」

事情をまったく知らない中村が、中谷に場繋ぎの優しい言葉をかけた───そのときだった。

「すんません」

中谷が、謎の謝罪を放つやいなや、中村の両肩をおもむろに抱き寄せたのである。

「なんや!え!なんやねん!」

「あ!すんません!なんかさみしくて!無意識に!」

「わけわからんて!」

「ごめんなさい!」

「びっくりするから!」

「しかし……華奢でかわいいすね」

「おれ、華奢でかわいいけど!やめろ!」

まったく脈絡もなく、中村に謎のスキンシップをはかる中谷。

人は満たされていないと、衝動を抑えられず、自分でも意識していなかった行動にでてしまうことはある。

理性が、働くのをサボった瞬間だ。

「ったく……お前ってやつは……」

「……すんません〜」

出典: FANY マガジン
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もはや、中村もなぜかこの状況を受け入れだした。

はたから見ていたBKBは、この、事件であり、地獄でもある光景を見て、言った。

「あ〜、たのし」

独身芸人が、心から淋しさを覚えないのは、この楽しい楽屋のせい───なのかもしれない。

【完】

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