エベレストの頂上に立ち、クジラと並んで海を泳ぐ――。11年間にわたって地球の果てを歩き続け、多くの人はたどり着くことができない風景を記録してきたネイチャーフォトグラファー、上田優紀。その11年間の集大成というべき写真集『ARCA この星の物語』(小学館集英社プロダクション)が6月18日(木)に発売されます。写真集には2026年1月の旅での新たな撮りおろしも含め、ダイナミックで美麗な作品が約100点収録。彼の写真家としての軌跡が余すところなく詰め込まれています。そこで発売を記念して、写真への哲学、命をかけて風景を取り続ける理由、そして「未知の風景」が持つ力について、話を聞きました。

“いまある地球”の風景を届けたい
――今回の写真集のタイトルは、ラテン語で「方舟」という意味だそうですね。どんな思いが込められているのでしょうか。
僕はネイチャーフォトグラファーとして、「人が出会うことのない風景を記録して届ける」というミッションを持っています。”方舟”のように、いまある地球の風景を届けたい。そういう思いでこのタイトルにしました。
構成は地球の成り立ちの順番に沿っています。海から始まり、陸ができて、動物が生まれて、山ができて、宇宙まで行くというストーリーです。
――本当に海から空まで、地球の風景がおさめられていますね。
そこが自分の写真のアイデンティティでもあります。エベレストを登る写真家はいても、水中写真も撮っている人はいないと思うんですよ。なので、僕にしかお届けできない1冊だと思います。

――こうした写真を撮るのは、相当なトレーニングが必要では?
よく「アスリートみたいですね」って言われるんですけど、全然そんなことないです(笑)。
もちろん行く先々によって体の鍛え方を変えて準備はしています。エベレストなら登っているうちに10キロ近く痩せるので、事前に増量してのぞんだり、高所トレーニングをしたり。海に潜るときは都内に10メートルまで潜れるプールがあるので、そこでカメラを持って、潜りの練習をしたりしますね。
「人の心を豊かにする」ことが自分の生きる意味
――写真家を志したきっかけを教えてください。
子どものころから写真部に入っていたとか、専門学校を出たとか、まったくそういうタイプではありません。24歳から1年半ほど世界一周の旅をしていて、そのときに初めてカメラを買ったんですが、その旅の中で出会った人たちに自分の写真を見せる機会がありました。
いちばん覚えているのが、アイスランドの公園で遊んでいた子どもたちに、砂漠の写真を見せたときのことです。僕の写真を通じて初めて砂漠に触れた彼らは、未知の風景を見て、ものすごく目を輝かせたんですよ。5、6人が集まってきて、「どんな場所なの」「暑いの、寒いの」と、たくさん質問してきて。興味・関心が爆発しているのがわかったんですね。

――上田さんの写真が、心を動かしたんですね。
世界一周をしていると、そういう機会がたくさんありました。ヨーロッパの若い男の子にアフリカの写真を見せても同じ反応だったし、インドの山奥のいるおじいさんにニューヨークの写真を見せても同じでした。
その経験から、未知の風景と出会うと、好奇心が湧いたり、心が豊かになったりするんだなと思ったんです。それは、僕のように10代のころからバックパッカーをやっている人だけではなく、人間なら誰しもが持っている感情なのかもしれないな、と。
であれば、「人の心を豊かにする」ことを、自分の生きる意味にしたいなと思ったんです。
「記録写真」だから人は感動する
――未知の風景を「届けたい」という思いがあるんですね。そのうえで、写真を撮る際のこだわりはありますか。
個人的に気をつけているのは、「記録写真がいい」ということです。自分の色とか表現を写真の中に入れたくないんですよ。
いまは、いくらでも写真を美しくしたり、彩度を高くしたり、好きなようにいじれる時代じゃないですか。でも、多くの人が未知の風景に感動するのは、その場所が本当に地球にあるからだと思うんですよね。「こんな美しい風景がこの世界にあるんだ」という感動や驚きが、好奇心につながると思うんです。
だからこそ、「記録写真」として、何も足さないし、引かないことにはこだわっています。僕の写真は、本当に見たまま。その日、僕の隣にいれば見ることができた風景なんです。

「エベレストに登頂しても達成感はない」理由
――エベレストを登る映像では、一歩踏み外したら死んでしまうような場所を歩き続けていましたね。そこまで命がけになれるのはなぜでしょう?
これのために生きているからです。「未知の風景を伝える」ことは、人生を賭けるに値するものだなと、世界一周中に思ったんですね。
とはいえ、死ぬつもりはさらさらないです。ヒマラヤだと、そもそも命を賭け台に置かないと挑戦できない。「入場料は命です」って言われたから、置いているだけなんですよ。
僕は冒険家じゃなくて写真家ですから、写真を撮って帰ってきて、伝えることが目的です。だから、「生きて、写真を撮って帰ってくる」ためのトレーニングをします。
――写真家としての山との向き合い方は、冒険家と違うものなんでしょうか?
僕は、冒険家の人たちへのリスペクトがすごくあります。彼らは、僕が行けない場所まで行くし、僕にはできないことをやっている。でも僕は写真家なので、登って、撮って、帰って、みんなに見てもらうまでが究極的な目標なんです。登頂して「やったー!」と思うわけでもないし、達成感も別にないんですよ。

――エベレストに登っても?
ないです。頂上でも、何の達成感もなかったですね。写真を撮らなきゃ、とは思いましたけど。
頂上っていちばん空気が薄い場所なので、いられる時間は15分くらいなんですよ。だから、その間に動画も回して、写真も撮らなきゃいけない。「わー、やばい、撮んなきゃ!」って言いながら撮って、すぐに降りて。そこからベースキャンプまで戻ってきたときに、「ああ、生きて帰ってこられてよかったな」とは思いました。それも安堵感で、別に達成感ではないんです。
帰ってきて写真集にしたり、展示をしてたくさんの人に来てもらったり、見た人が喜んでいる姿を見られたときに、やっと達成感を感じました。
――登頂よりも、届けた先にあるもののほうが大きいんですね。
もちろんです。伝えることがゴールなので。
エベレストに登ったこと自体は、お寿司屋さんが魚を釣って帰ってきたぐらいの感覚でした。お寿司屋さんも、お客さんが食べて「おいしいな」と言ってくれるところがゴールですよね。それに近いと思うんです。
エベレストの高さを体感した1枚
――今回の写真集の中から、上田さんならではの写真を何枚か紹介していただけますか?
まず山の写真から選ぶと、これは、エベレストの標高7500メートル地点から撮った頂上の写真です。
標高7500メートルって、富士山の倍ぐらいですから、相当高いんですよ。でも、そこから撮っても、頂上はまだこんなに高い。「エベレストが世界でいちばん高い山」ということは、みんな知っているけど、それを本当の意味で体感したときの写真です。

この7500メートルの場所に着くまでも、すごく苦労していて、たどり着くまでに1カ月半ぐらいかかっているんです。めちゃくちゃ酸素は薄いし、風は強いし、寒い。こんなに苦労してここまでたどり着いたのに、「まだこんなに先は遠いのか……」と思って撮ったんですよね。
世界でいちばん高いということを、体で感じて撮った1枚で、エベレストというものを表現できていると思います。
クジラと目が合う距離で
――海の写真では、どうでしょう?
エベレストの下山中に、「次はどこに行こうかな」と考えていたんです。頂上のほうは生物がまったくいない環境なので、逆に「命があふれている場所ってどこだろう」と考えて、海の写真を撮るためにタヒチのルルツ島に行きました。
これは、僕がそこで撮ったザトウクジラの写真です。お母さんが子どものスピードに合わせてゆっくり泳いでいるところを、素潜りで撮影しました。

これを撮ったときは、やっぱり「クジラってこんなに大きいんだ」と思いましたね。15〜16メートルぐらいの生き物が目の前を泳いでいて。
僕たちは、人間が中心の社会で生きていますけど、外の世界にはこんな動物たちがたくさんいるんだという、驚きと地球の多様性を実感しました。
砂漠に1週間だけ咲く花
――今回の写真集の表紙は、どこで撮影した写真ですか?
これは、南アフリカで撮影したワイルドフラワーの花畑の写真です。
ここは、岩石砂漠という岩でできた砂漠なんですけど、1年のうち1週間から10日間くらいだけ、地平線の向こうまで砂漠に花が咲くんです。ここから何百キロ先まで、ずっと花畑なんですよ。
この場所は、ほとんどの人は知らないと思うんですけど、毎年、1年に1週間だけ咲いて、散って、1年後に条件がそろっていればまた咲く。それを、人間が生まれる前からずっと繰り返しているんです。

もう絵本の世界じゃないですか。そんなのって(笑)。そういう場所が、実は世界中に意外とあるんですよね。だからこの場所こそ、「まだまだ地球には未知の風景が広がっている」ことの象徴だと感じて表紙にしました。
見てくれる人それぞれの感情で楽しんでほしい
――どのような人に、この写真集を手に取ってもらいたいですか?
この本は、たくさんの人にとっての「未知」にあふれていると思います。だから、本当に多くの人に手に取ってもらいたいなとは思いますね。「こういう人」というのは、特にないです。
――では最後に、「読者」の皆さんにメッセージをお願いします。
未知の風景を知って、どう感じるかはその人次第。その感情も、その人のものなので、それぞれ大事にとっておいてもらえたら嬉しいです。
「私は動物よりも山の写真のほうがいいな」と思う人は、きっと山が好きな人。「クジラよりも、チーターの写真がいいな」と思う人は、きっと水中動物よりも陸上の野生動物が好きな人。何が好きかなんて、その人の生き方で変わってくるので、それぞれの感情で楽しんでほしいですね。
ただ、僕がこの10年で出会ってきた未知の風景を、できる限りたくさん収めた1冊なので、どこかに心を豊かにしてくれる1枚があるといいなと思います。
取材・文 前多勇太

【上田優紀(うえだ・ゆうき)】
1988年、和歌山県出身。24歳の時に世界一周の旅に出発し、1年半かけて45カ国を周る。帰国後、株式会社アマナに入社。2016年よりフリーランスとなり、想像もできない風景を多くの人に届けるために世界中の極地、僻地を旅しながら撮影を行なっている。近年はヒマラヤの8000m峰から水中、南極まで活動範囲を広めており、2021年にはエベレスト(8848m)を登頂した。小学館の図鑑NEO『地球』の表紙写真も担当する、いまもっとも注目されるネイチャーフォトグラファー。SNS総フォロワー数:約17万人(X:12.1万人/Instagram:4.8万人)。
写真集概要
『ARCA この星の物語』

発売日:2026年6月18日
出版社:小学館集英社プロダクション
Amazon:https://www.amazon.co.jp/ARCA-この星の物語-上田優紀/dp/4796874747
