3時のヒロイン・福田麻貴
エッセイ「役満家族」連載第1回

役満家族

3時のヒロイン・福田麻貴が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。一風変わった生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

3時のヒロイン・福田麻貴が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。一風変わった生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

出典: FANY マガジン

「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝後、バラエティー、ドラマ、コメンテーターと幅広い活動を続ける、3時のヒロイン・福田麻貴。
そんな彼女が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。スナックと雀荘で過ごした子供時代、父との出会い、名門・関西大学を卒業しアイドルを経て芸人に転身したヘンテコな生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

『通学路は歓楽街!』

 のちに父となる「てっちゃん」という名の男が、初めて幼稚園のお迎えに来た時の話。
 もしも私が子供を育てるなら、駅に降り立った瞬間パンの香りがすーっと鼻に入ってきて、ベビーカーを押す若い男女と自転車の野球少年の間をくぐり抜けると少しだけ大きめのスーパーがある、ごく普通だが幸せに包まれた街でのびのびすくすくと育てたい。だが私が人格形成期を過ごした街は、日が落ちればネオンがギラギラ浮かび上がり、スーツのおじさんやドレスの女性が行き交い、腕にロレックスを巻いた半パンの兄ちゃんがやたらと電話をしている、そんな街だった。
 
 私の通う幼稚園は、大阪・ミナミのど真ん中、吉本の伝統ある劇場「なんばグランド花月」のある千日前商店街の一画。お好み焼き屋、居酒屋、寿司屋などがガヤガヤと並ぶ中、角を曲がるとその幼稚園はあった。隣接する小学校には兄が通っていた。ここまで都会にあると、一学年に10人ほどしかおらず、まもなく廃校、廃園になった。校舎はその後10年ほどはびっしりとツタに覆われてもまだ残されていたが、現在その場所には高さ60mの商業ビルが鎮座している。

 その頃、「てっちゃん」という名の男が急によく家に遊びに来るようになった。そのとき私の身辺に配置されていた人物、祖母の店のホステスや雀荘の従業員は皆、もうキャラクターが確立されていたし、あだ名も呼び慣れていて馴染みが深かった。そんな中現れた新参者のてっちゃんに、私は、ちょっとかましたい、そんなような感情を持っていたかもしれない。嬉しさと警戒心が混ざった感じ。

 私は毎日幼稚園から帰るとき、独特のルーティンをこなしながら帰っていた。その日の幼稚園のお迎えは、母でもなく、雀荘の従業員でもなく、新キャラのてっちゃんだということで、自己アピールも兼ねて私のとっておきルーティンを紹介してやろうとはりきっていた。
 幼稚園のある商店街を抜けると、お気に入りのおもちゃ屋さんがあった。一度も中に入れてもらうことができず、いつも外から眺めていたそのおもちゃ屋さんの入り口にかかっている渋いのれんには、達筆な筆文字で「おとなのおもちゃ」と書かれていた。今にも溶けそうな達筆な字体がおどろおどろしさを醸し出している。もちろん私は本当におもちゃ屋さんだと思っていて、この店が世界で一番大好きだった。ショーウィンドウには女性の足のマネキンと蛇のおもちゃが艶かしくディスプレイされているが、私のお目当ては新商品コーナー。時には聴診器や盗聴器など、私にとってはキラキラした最新メカ―今の子供で言うところのiPad―が並べられていた。そんなお店のショーウィンドウに、トランペット少年さながらぴったりとおでこをくっつけて目を輝かせていた私の後ろで、てっちゃんはどんな風に待っていたのだろう。すぐにでもその場を離れたかっただろう。だが、離れるなんて夢、まだ立ってるだけの方がマシ、というような出来事がこの後降りかかる。あろうことかルーティン紹介ではりきっている私は、大声で「てっちゃん、あのなー!おもちゃは子供だけのものとちゃうねんでー!!」と叫んだそうだ。

 おとなのおもちゃ屋さんを離れ次に私がアテンドしたのは、少し狭い路地に入った場所。「すずめのチーちゃんとこ行く」
これにはてっちゃんも頬を緩めたらしい。小さなすずめの雛を手に乗せて大事にあたためている私を想像しただろうか。曲がり角を曲がって奥へ進むと、「雀」と看板に書かれたブティックからチーちゃんというおばはんが出てきて、顔がひきつったそうだ。
 再び通りに出て歩くと味園(みその)という大きなキャバレーがある。そのビルは兄と私の遊び場でもあり、よく入り口の螺旋の坂をアンパンマンのカートで滑り降りて遊んだ。そのビルの横に、友達はいた。
 最後に紹介したその友達は、毎日通園路に立っている交通警備員のおじさん、なわけなどなく、毎日通園路に立っているピンサロのボーイのおっちゃんだ。いつもピシッとしたシャツに黒ベストを着ていて、ジェントルな佇まいで立っていた。きっと前述の幸せな街ならこの役は商店街の八百屋のおばちゃんか何かだろう。でもそれと同じように、私は毎日このボーイのおっちゃんと話し込んでいた。てっちゃんにとっては、どう挨拶していいかわからない相手ベストワンだっただろう。だが申し訳ないがその時点では、のちに父になるあなたよりもピンサロのボーイのおっちゃんの方が親しい存在だったのだ。

 そうしてようやくアパートに到着し、カバンを置いて、祖母のいる雀荘で午後を過ごす。空いている雀卓で牌を拭いたり、牌を山積みにして点棒で抜く、ジェンガならぬジャンガで遊んだりして私のルーティンは幕を閉じるのだった。
 この日の記憶は鮮烈にてっちゃんの脳に刻まれたらしく、その後私が大人になるまで何度も、彼の鉄板エピソードとして語られた。今思うとこんなわけのわからないツアーを見せられてよくこいつを引き取る覚悟が出来たものだ。ここからてっちゃんがピンサロのボーイのおっちゃんを押し退けて、カーストを駆け上っていく軌跡もまた聞いて頂けると幸いだ。

3時のヒロイン・福田麻貴

1988年10月10日生まれ。大阪府大阪市出身。関西大学卒業。
2017年に相方・ゆめっち、かなでと「3時のヒロイン」を結成。2019年には『女芸人No.1決定戦 THE W』で優勝。バラエティ番組を中心にYouTube・ドラマ・コラム執筆など幅広く活躍中。「めざまし8」(フジテレビ)、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」(テレビ朝日)、「おはスタ」(テレビ東京)、「花咲かタイムズ」(CBCテレビ)などレギュラー出演中。