ピース・又吉直樹の「本の魅力を語らないか?」の一言からはじまった、又吉、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫による「第一芸人文芸部」。
そんな「第一芸人文芸部」がお届けする、現在、毎週木曜にAmazon Audibleにて配信中の、又吉が編集長を、ピストジャム、ファビアンがMCを務めるブックバラエティ『本ノじかん』。
毎回、ゲストを迎えて、好きな作品や著書、影響を受けた一行、執筆方法や読書法など、それぞれのブックライフをMCの2人と語り合いながら、本を愛する方々、そして本にあまり触れてこなかった方々へ、本の魅力を伝える番組です。
そんな『本ノじかん』の企画の一つ、人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』をFANYマガジンで特別連載することになりました。
執筆メンバーは、バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボ(連載順)。
さらに、Amazon Audible『本ノじかん』の『クチヅタエ』で朗読を担当するのは『ヒプノシスマイク』の飴村乱数役をはじめ、『アイドリッシュセブン』の二階堂大和役など、人気作品のキャラクターを多く演じている人気声優の白井悠介!
作者も誰も予想できないストーリーをぜひお楽しみください!
『壁のないフィナーレ』第九話 しずる・村上
「透……、後ろ……」
「後ろ……?」
か細く届いてきた沙也加の声に妙な違和感を感じると同時に、自分に向けられていた目線の先がすぐ後ろに移っているのがわかった。
沙也加の表情からにわかに嫌な予感を抱いた僕はおもむろに振り返ると、そこには喪服の男が立っていた。
直人だった。
先ほどの沙也加の声色と状況的見地から、「やはり」と「なんで?」という共存するはずのない感情が胸の中を占領した。
「はぁ……。どいつもこいつも使えねーなー」
それは確かによく知る直人の声ではあったが、耳触りとしては不快でぶっきらぼうな、直人の口からは初めて聞くような音だった。
「どういうことだよ……」
僕は、つまらない映画の予告に採用されそうな棒みたいな台詞めいた言葉を思わず吐いていた。
直人は香典泥棒の男を見下ろすようにして、面倒臭そうに眉間を掻きながら続けた。
「香典を上手に盗んで、俺に取っ捕まって、沙也加に俺と一緒に警察署に連行されて、そこでパパ活で金がなくなった経緯を話して、ってそこまでは良かったんだけどなー」
「は? 直人、あんた何言ってるの?」
「ククク……」
「まるで何かが決まってたことみたいな……、どういうこと?」
「沙也加、その聞き方まさしく女刑事って感じだなー(笑)」
「何よそれ?」
馴染みのない直人のその話し方は、何かを画策しているようにしか聞こえなかった。
「で、途中うまくいかなくなっちまったから、こいつ向かわせて透襲わせたのに奪ったスタンガン逆に使われてこれだもん、まじ使えねーよなー」
直人、今目の前にいるお前は誰で何を考えているのだ。
「使えないって、お前がこの男に何か仕込んでたってことか?」
「で木村ー、お前も使えねーよー」
今度は、直人はマスターに体を向け、のっぺりとした面持ちでそう吐いた。
「すみません……」
「マスターも? ねぇ、直人本当にどういうこと?」
「女一人くらいちゃんと取り押さえとかねーとー。部下失格だよーん」
「本当にすみません……」
「マスターにまで何かさせて、ねぇあなた何がしたいの?」
「沙也加、お前もだよー」
次の矢印は沙也加へと向けられた。
「何がよ?」
「刑事として、良き親戚として俺の捜索活動にうまく協力してくれてると思ってたらさ、お店で見失っちゃったんだろー、ダメだよー」
「何? あの女を探させて私と透に何させようとしてたの?」
「こいつとの取り調べの話を俺が聞いた後言ったじゃん、これはただの香典泥棒って事件なだけじゃないってー」
「そうよ、そのきっかけとなったあの女のことを警察として追わないとってあなたが言うから、だから……」
「それを鵜呑みにして信じてくれたまでは良かったのよ、でも言ったじゃん、そいつとくっつくように透を使えってー」
この男は一体、何を考えているのだ。
「鵜呑みって、あなた私まで使って何をしようとしてたのよ?」
「警察としては使えるけどさー、でもそれで俺の部下の腕そんな風に決めちゃってさ、それは俺の目的のためになんないんだから、良き親戚としては結果的には使えなかったよー」
この時点で、僕の知っている直人が喋っているようには到底思えなくなっていたが、話を聞かないわけにはいかなかった。
「なぁ直人、こんなことまでして、何をどうしようとしてたんだよ?」
「ほんで、やっぱ透ー、お前が一番使えないよー」
「は?」
「昔は神童なんて呼ばれてたのになー。いつからかそんな存在としてもどこかに消えちゃって、ふらふらしてさー」
「何が言いてえんだよ」
胸が嫌な騒ぎ方をしたが、辛うじてそう言葉を返した。
「お前ができるのは唯一、ナチュラルの瞬間記憶だけなんだからさー。それで、あの店であいつのこと落としてくんないとさー」
「だから、一体あんた何がしたいのよ!?」
その次の瞬間、直人は僕の横をすり抜けるようにすると地面に転がったナイフを素早く拾い上げ、その先端を沙也加の方へと向けた。
「おい、直人お前何してんだ!」
その言葉も聞き終わる前に直人は顎をくいっと上げるように沙也加に指示をした。
「沙也加、木村のその腕、解(ほど)いてくれる?」
そう言われると、沙也加は不本意を絵に描いたみたいな表情を浮かび上がらせ直人の顔をじっと睨んだままマスターの腕から自分の組んでいる手を離した。
解放されたマスターはそのまま気まずそうに背中を丸めながら直人のすぐ隣まで歩いた。
「木村、情けねぇなお前って奴はよぉ」
「お恥ずかしいです……」
目の前に立つ男は僕の知っている直人とはもう別人のようにも見えた。
対して、その横にいるマスターはこちらをちらりと伺うと居所が悪そうに口角を軽く縦に震わせていた。
そこで、僕は何となく悟った。
やはり、本人が言う様にこれまで僕らの身に起こったことは全て直人が予め描いていたものなのだろう。
実に不謹慎なことに自分の祖母の葬式に香典泥棒を仕込み、自作自演で犯人を捕まえ、その人間に事前に吹き込んでいた供述を沙也加の前でさせ、それを理由に先ほどから話に出てきている女をキーマンと見立て、重要な問題解決と称し今ここに集まっている僕を含めた皆を動かしていたのだ。
全ては自分がその女のところに辿り着くために(?)。
「直人、じゃあそのマスター……、その……木村さんが俺たちに車で説明してきたお前たちがやってるサービスとかいう恋愛トラブル解決だとかアンダーグラウンドでの捜査ってのは、本当はお前の個人的な女探しだったってことか?」
「まぁ、そうなるな」
「直人、あなたそんなことのために自分が何をしたかわかってるの!?」
「もう、警察風情がうるせーなー」
「で、その女を俺の能力まで使って探してどうしたいって言うんだよ?」
「お前がナチュラルな瞬間記憶の能力の持ち主なら、俺の体のことだってしっかりとアルバムに収められてるよなー?」
そう言うと、直人は黒いネクタイの結び目にゆっくりと右手の親指と人差し指をかけた。
僕の脳内のアルバムフォルダがグルグルと回るようにして動き、次の瞬間、僕はあることに気付きハッと息を呑んだ。
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第九話は、多くの書籍を出版してきており文章には定評のある、しずる村上。途中繰り広げられる、臨場感あふれるセリフの応酬に圧倒されます。そしていよいよ最終回は五話を担当したレインボー・ジャンボ。想像を上回る展開を見せつけた村上の物語を最後、どのように回収してフィナーレに持っていくのか。ジャンボの手腕に期待が高まります!
Amazon Audible『本ノじかん』では、吉本ばななや尾崎世界観、ラランド・ニシダ、Aマッソ・加納など、豪華ゲストをお迎えして、毎週木曜日に配信中です。今後は、小説家の浅倉秋成、絵本作家のヨシタケシンスケ、我らが編集長、ピース・又吉も出演予定。お楽しみに!
過去放送回は全てアーカイブで聴くことができます。
【Amazon Audible『本ノじかん』】
ゲスト:吉本ばなな
ゲスト:尾崎世界観
ゲスト:ラランド ニシダ
ゲスト:Aマッソ 加納
番組概要
第一芸人文芸部プレゼンツ『本ノじかん』
配信日:毎週木曜日朝7:00ごろ更新
配信プラットフォーム:Amazon Audible
ナビゲーター:ピース・又吉直樹、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫
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