バイク少年の楽屋事件簿その2【夏の終わりのうちわ事件】

バイク少年の楽屋事件簿

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

昼と夜の寒暖差が肌に心地よく、秋の訪れを感じずにはいられない9月の中ごろ。

この日もバイク少年ことBKBは、ルミネtheよしもとの劇場出番。
楽屋の入り口近くのいつもの席(皆、割といつもこのへんに座りたいという席が存在する)に腰をかけ、舞台衣装のバンダナを丁寧に折りたたんでいた。

すると背後から「バイクさん、おはようございます〜」とアインシュタインの稲田に挨拶をされたBKB。

「あ?ヒィア。おはよ稲ちゃん……あれ、またちょっとハゲた?」

「ははは!バイクさんこそ、またちっちゃなりました?見えなかったすよ最初」

コンプラ時代もなんのその。芸人特有の関係性溢れる軽口挨拶を交わし、そこからも続々と芸人が楽屋にやってくる。
当該日はアインシュタインの他にも、トット、男性ブランコ、シシガシラなど多種多様な面々が名を連ねていた。

「バイクさん、おはようございます〜」

「あ、多田、おはよう〜」

BKBとは、大阪時代から長い付き合いのある後輩、トットの多田もやってきた。

「せやせや。バイクさん、単独ライブお疲れ様っす」

「おお……優しい。ありがとうなタディ。がんばったよ」

このやりとりは芸人あるあるだ。
単独ライブがあったことをSNSなどで知り、その直後に劇場などで会うと、親しい芸人は単独の終了をねぎらう、という芸人ならではの優しい会話。

別にライブを観ているわけではなくとも、単独ライブというのは、ネタ作り、構成、演出、稽古、細かな準備やらなにやらが数ヶ月に渡り、異常なカロリーを要すること知っているので、自然にこんな会話が飛び交う劇場芸人独特のやりとり。

BKBは、多田の言う通り、昨夜単独ライブをルミネtheよしもとで終えたばかりだった。
ありがたくも満席にもなり、達成感と終わった寂しさを抱え、「さあ、今日からまた通常運転だ」といった面持ちのBKB。

そのタイミングで、ルミネの社員さんが話しかけてくる。

「バイクさん、昨日はありがとうございました!お疲れ様でした〜。うちわ、余ったやつここ置いときますね」

「あー、ほんまや。ありがとうございます〜」

BKBが単独来場の客に記念配布したうちわが、多めに発注していたため割と余ったので、社員さんが持ってきてくれた。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「え、かわいいすねこれ」

「せやろ、サイズ感がいいのよね。大きすぎず。……え、いる……?」

「いいんすか?あざす」

話の流れでうちわを褒め、流れでうちわをもらうことになった多田。
多田の表情を見るに、本当にこういうグッズは好きらしく、喜んでいるようだった。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

そこから気をよくしたBKBは、その流れで、楽屋にいた後輩達にうちわを配ることにした。
そこまで邪魔になるサイズでもないし、余らしてももったいないし、せっかくだしと。

しかし───この“流れ”があんな悲劇を生むことになろうとは、まだ誰も知るよしもなかった。

次に、近くにいたアインシュタインの稲田に声をかけるBKB。

「稲ちゃん、これ単独のうちわやねんけど、よかったらどう?」

「……あざす〜」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

少し返事に妙な間はあったが、すんなりともらってくれた稲田。

そして次に、少し奥の席にいたシシガシラ脇田に声をかけるBKB。

「脇田くん、これ、よかったらどう?」

「え〜、僕にもいいんですか〜。暑がりだから助かります〜。ありがとうございます〜」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

まだ比較的、BKBと付き合いも浅い東京芸人の脇田は、気を使ってかとても可愛げのある返事で快くもらってくれた。

さらにBKBは、ルミネの前説の出番で来ていた、兎わさびの二人にも声をかけた。

「あのさ……これ……」

「僕らにもいいんすか!?欲しいっす!」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

まだ芸歴も4年目ほどのフレッシュな二人は、芸歴20周年単独ライブを終えたばかりのサングラスピン芸人のうちわを、食い気味でしっかりと欲しがってくれたようだった。

「いや、この流れやったらそう言うしかないでしょ〜」

多田が、兎わさびは忖度でうちわを欲しがったのではないかと、茶々をいれる。

「そんなことないっす!マジで欲しいっす!3枚欲しいっす!」

必死にうちわを欲しがってくれるかわいい兎わさび。

「嬉しいねえ。ははは」

ご満悦のBKB。

「さてと……他には……」

次のターゲットを探すBKB。

すると、楽屋の一番奥の席でパソコンを叩いてる寡黙なコント師、男性ブランコ平井を発見した。
BKBの数年後輩で、プライベートでもたまに飲みにいく仲。

ここまでと同じ“流れ”で、少し離れた場所から、奥の席の平井に声をかけるBKB。

「平井〜。あのさ、このうちわ……」とBKBが言い終わらないうちに、平井が発したその言葉に、楽屋中に戦慄が走った。

「もう僕、もらいましたよ」

言われたBKBはその刹那、コンマ何秒のあいだにグルグルとおびただしい疑問符がよぎる。

───なんて言った?え?
平井は今なんて言った?もらいましたよ?モライマシタヨ?どういう意味だっけ?
もらい?ま?した?ん?ええと?
もらったってなにを?なにをもらった?
あ、うちわ?このうちわのこと?
それとも他のもの?
うちわなわけないものね?
だってあげてないから。声も今かけたのが初めてだから。どういうこと?どう……いう……こ……と……?

パソコンから目もはなさず、その言葉のみを発した平井。
BKBも思わず「そっかそっか。もうあげてたか」と言ってしまいそうになった。
だが、そんなわけはないのだ。
まだあげていないのだから。

事の顛末は単純で明快。
平井は「うちわがいらなかった」のだ。
だから、「もうもらった」という豪快な嘘をついたのだ。

そして次の瞬間、楽屋に皆のツッコミと笑い声がこだまする。

「平井やば!!!」

「そんないらんのかい!」

「嘘すぎるやろ!」

「ははははは!!」

「こわすぎるって平井!」

「あかん!絶対もらってもらう!平井!はい!うちわ!」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

ともすれば失礼な状況になりかねない今回の事件だったが、言われたBKBもなにも思ってはいない。
こんなこと言ってくれたり言われたりする芸人て、ほんとおもしろいな、と思っていた。

楽屋の、その盛り上がりの瞬間風速はなかなかのものだった───うちわだけに。

【完】

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