落語家の林家菊丸、月亭方正、桂かい枝による「特選よしもと三人会」と題された落語会が、5月16日(金)に大阪・なんばグランド花月(NGK)で開催されました。あみだくじで順番を決めるという変わった趣向で、3人それぞれが選りすぐりのネタをたっぷりと披露。“次世代噺家”としての存在感をアピールしました。

3人の口上からスタート
万雷の拍手に迎えられ、3人の口上から落語会がスタート。菊丸は「私たち3人は上方落語界の、そして吉本興業の次世代を担うと言われております……知らんけど」と笑いを誘い、場を和ませます。
続いて方正が「吉本にはすばらしい噺家、先輩方がおられるなかでの三人会です。今日はいろんな趣向を凝らしておりますので、それも楽しみながら、ネタも楽しんでいただきたいと思います」と語ると、最後はかい枝が力強くこう挨拶しました。
「方正さんに初めて会ったのは13年ぐらい前になりますが、吉本興業といえば初代桂春団治や柳家金語楼から代々落語を盛り上げていこうとやってまいりました。これからは方正さんを中心にやっていこうと思っています!」



「いやいやいやいや!」とうろたえる方正に、かい枝がさらに畳み掛けます。
「私は方正さんにお会いする前はだいぶん“いかれた人”やと思っていたのですが、芸に対して本当にまじめな方なんです。立川談春さんが“東西で1000人くらい落語家がいるなかで、方正がいちばん稽古している”とおっしゃっていました。ぜひその成果を見せてください(笑)」
そしてかい枝は、「3人で上方落語を、そして吉本落語を盛り上げていきたいと思いますので、どうぞご贔屓のほどよろしくお願いします!」と呼びかけました。
続いて大型ディスプレイにあみだくじが映し出され、3人の順番を決定。その結果、方正の「笠碁」、菊丸の「たちぎれ線香」、かい枝の「三十石」という順になりました。

方正の“着替え”をライブ中継!?
前座なしということで、方正が着替えている間は舞台袖の様子をライブ中継。大型ディスプレイに映ったのは、いままさに着替えんとする方正です。この日のお囃子は生演奏で、三味線・佐々木千華、太鼓・林家愛染、笛・月亭希遊が担いました。
高座に戻った方正は「NGKに出ることは、吉本芸人にとっても特別な思いがあります」と、マクラでその胸中を語ります。そして「いま57歳ですが友だちがいません。テレビ界では友だちはできませんでした。いま落語界の友だちがほしいです。理由づけをしてでも会いに行く、囲碁や将棋を打ちながら、何も言わなくても楽しい時間を過ごせる間柄がいいですね」と続け、本題へ。
「笠碁」はけんか別れした“碁敵”同士が、昔のうらみつらみを忘れて再び碁を打つ様子を滑稽に見せる人情噺です。囲碁を打つ高齢の旦那2人のやり取りを表情豊かに口演する方正。登場人物の心情や背景を丁寧に描き、仲たがいした2人のもどかしさが手に取るように伝わります。いくつになっても気の置けない友だちはいいものだな、と改めて思わせる一席でした。

二番手の菊丸は「I love youを日本人が初めて訳したものが、“あなたのためなら死ねる”だったそうです」と一言、マクラもそこそこにすぐさま本題へ。芸娼妓と若旦那の悲恋を描いた「たちぎれ線香」です。前半の丁稚と若旦那のやり取りはおもしろおかしくテンポよく。一方で番頭は、高座の菊丸のシルエットがひと回り大きくなったように見えるほどの重厚感で描きます。
女性の演じ方に定評がある菊丸は、後半のお茶屋の場面で本領発揮し、おかみさんの貫禄や、若い芸娼妓のあどけなさやいじらしさなどを繊細に表現。クライマックスでは照明を落とし、怪しげな雰囲気も演出して、最後まで噺に惹きつけました。

中入り後は、かい枝がこの日のトリを務めます。「三十石」は上方の代表的な古典落語で、京都の伏見から大坂までの船旅の様子をにぎやかに、そして旅情豊かに表現した噺です。マクラでは小噺をテンポよく繰り出し、会場をさらに温めます。その勢いで観客を“船旅”へと誘うかい枝。乗船客を呼び込む場面では賑やかに、当時の人々の高揚感を生き生きと立ち上げます。
船が出ると、扇を使ってゆっくりと淀川を下っていく様子を表現。船頭が舟歌を歌う場面では、朗々と歌いあげ、風情もたっぷりです。舞台袖にいる落語家が噺に合わせて舟歌を歌うことを「かえし」と言いますが、その「かえし」があるのも「三十石」の面白みのひとつ。今回の「かえし」は菊丸が担当し、思わぬサプライズに客席はさらに盛り上がりました。

「またぜひやりたいです!」
終演後に3人を直撃しました。
トップバッターを務めた方正は「ネタを当日にあみだくじで決めるとか、舞台袖の様子を生中継で映すとか、そういうことをもっとやったら、さらに個性的な落語会になるんじゃないかなと思いました」と、早くも次の一手を考えている様子です。
菊丸もこう振り返ります。
「NGKがいかによい劇場か再認識しました。かなり集中力をキープしながら、我を忘れて噺に没頭しました。NGKには大型ディスプレイがあって、カメラの中継もできるという技術環境とスタッフ陣がいるというのは、NGKでやった趣向の意味合いがあったと思います。(落語では)客席を暗くする演出とか、入念に準備をしたのもよかったと思います」

トリを務めたかい枝は、こう語りました。
「あみだくじとか、舞台袖のカメラとか、普通とはちょっと違う感じの落語会だったので、お客さんも高揚感がありましたね。そんななかで、僕は3番目でどうなるかなと思いましたが、お二方がばちっといい芸をしてくださって、いいバトンをいただきました。いいお客さまでしたし、楽しくしゃべらせてもらいました」
3人は、あみだくじの順番決めが「結果的によかった」と口をそろえます。「方正さんが最初にがっと(観客の心を)掴んでくださって、その次に菊丸さんが人情噺で締めて、最後は『三十石』でほわ~っとして」とかい枝。菊丸による船歌の「かえし」は、実は直前になってかい枝が頼んだそうです。菊丸は「正直、自分のネタどころではありませんでした(笑)」と振り返りました。
「またぜひやりたいです!」と意気込む3人、初開催で確かな手ごたえをつかんだ様子でした。