入門4年目から18年未満の若い落語家の登竜門である『第11回上方落語若手噺家グランプリ2025決勝戦』が、6月18日(水)に大阪・天満天神繁昌亭で開催されました。決勝に進んだ8人が、審査員長を務める桂文珍らの前で渾身のネタを披露。怪談噺を口演した“ラストイヤー”の林家染吉が優勝し、涙を流して喜びました(今回の撮影は、芸人になる前は報道カメラマンをやっていたという番町・長居蒼季が担当しました)。

舞台上で出番順を決定
今回から上方落語協会の若手育成特別顧問でもある桂文珍が大会の審査員長に就任し、ルールや審査員の顔ぶれを刷新。これまでは事前に出番順を決めていましたが、文珍の発案で当日、お客さんの前でくじを引いて決めることになりました。
審査員はMBSの福島暢啓アナウンサーをはじめ、上方落語に精通したメンバーが勢ぞろい。文珍を含め6人で審査し、審査員1人につき100点、合計600点満点で勝敗を決定します。さらに、その得点を最後にお客さんの前で公表するという趣向です。
この日の決勝に進出したのは、林家染吉、桂団治郎、林家染八、桂慶治朗、桂三実、月亭遊真、月亭希遊、桂雪鹿という8人。このうちもっとも芸歴が長い染吉と、もっとも若い雪鹿がジャンケンをして、芸歴の若い雪鹿から出番順が書かれたウチワを引いて出番順が決定しました。

トップバッターは昨年も決勝進出した希遊です。「巻き舌をこよなく愛するおっさんが出てくるエキセントリックな噺です」と前置きし、ラ行を切れのいい巻き舌で表す自作の新作「巻き舌職人」で会場を沸かせました。
続いては染八が「試し酒」を披露。酒の試飲を任された男が一升は入るという盃で酒を飲み干す様子を表現し、会場から大きな拍手が起こりました。歌を歌ったり、都都逸を詠ったりと、染八は芸達者な一面でも魅せます。
昨年のファイナリストでもある慶治朗は、「緊張します。まだ一滴も飲んでいないのに吐きそうです」と染八のネタを受ける形で挨拶。「生きているとビックリすることに出くわします……」と、宝くじの一喜一憂を描いた「髙津の富」を独特な切り口でアプローチしました。
団治郎は、師匠ゆずりの芝居噺「質屋芝居」をけれん味たっぷりに口演。マクラでは「弟弟子(慶治朗)が先に出て、あんなにウケてて、めちゃくちゃプレッシャーです。一滴も飲んでないのに僕も吐きそうです」と告白。上方落語特有の音響効果「はめもの」もたっぷりに、芝居に興じる丁稚と番頭を活写しました。
準優勝は桂三実
休憩を挟んで遊真が登場。「落語はセリフを覚えることより、正確なイントネーションを習得するほうが意外と難しい」と、たっぷりとマクラで沸かせます。そして笑い上戸の男が主人公の「胡椒のくやみ」を披露し、胡椒をたっぷり吸った顛末を大胆に描いて盛り上げました。
続いては三実が新作落語の「保険保険保険」を口演します。決勝前夜にAI(人工知能)のChatGPTで「若手噺家グランプリ」の順位予想をしたところ、「三実は5位」という結果だったとか。ネタに入ると“桂四実”という落語家が活躍するパラレルワールドへといざない、大きな笑いを次々と起こしました。
むせかえるような暑さだったこの日、「暑い中ですが、クリスマスの噺を聴いてもらいましょう」と、最若手の雪鹿が創作落語「聖夜奇談」を披露。クリスマスイブに残業する男女の会話を、こっそりと盗み聞きするようなドキドキ感で笑わせます。

最後に登場した染吉は、怪談噺の「高台寺」で勝負です。声色を巧みに変えて正体不明の女を演じ、人ならざる者の存在を示す染吉。息を飲むような気味の悪さで噺の世界へとじわじわと引き込みます。一方で、飴屋のおばあさんを軽妙に描き、息抜きの瞬間も提供。技巧派の手腕を、これでもかと発揮しました。
結果発表は出番順に行われ、各自が自身の得点が記されたボードを持って舞台へ登場しました。誰もまだ合計得点を知らず、観客と一緒になって勝負の行方を見守ります。
そして、合計得点565点を獲得した染吉が優勝。次点の三実は560点で、それぞれ賞金40万と10万円を手にしました。優勝が決まった瞬間、きょとんとした表情の染吉でしたが、結果を受け止めると、うしろを向いて涙をぬぐいます。

「いろんな気持ちが込み上げてきました」
大会終了後には囲み取材があり、それぞれ心情を明かしました。染吉は「(抽選の)くじ運がよかったです。このメンバーでもう1回、シャッフルしてやり直したら、別の結果になったと思います。僕のなかでは、三実君には負けていると思いますので、これからも精進して頑張っていこうと思います」と気を引き締めました。
準優勝の三実は「優勝する気だったので、シンプルに悔しいです。でも、これにめげずに頑張ります!」と気持ちを新たに宣言。この日のネタについては、こう話しました。
「錚々たる決勝メンバーのなか、新作で出ようと思っていたのですが、新作で出るからには笑いのある噺が絶対だなと思っていました。審査員に文珍師匠が入られるということで、文珍師匠にまだお見せしてない強いネタということで選びました」

優勝した染吉は、こう明かします。
「芝居噺の『足上がり』をする気満々でした。ところが団治郎くんが『質屋芝居』を出しましたので、さあ、どうしようかと。さらに、三実くんも会場を揺らすぐらいウケましたので、これ以上の笑いは絶対、僕は取れない、三実くんに負けたと思ったので、逆に笑わせないネタで勝負させていただきました」
優勝が決まった瞬間の涙について問われた染吉は、「ぜったい優勝できないと思っていたので、最初は自分の得点が上回っていたことに気づかなかったんです。隣の雪鹿くんに言われて気づいて、思わずホッとして、いろんな気持ちが込み上げてきました」と振り返ります。
染吉ら、この日の決勝に進んだ8人は、8月27日(水)、9月3日(水)に天満天神繁昌亭で開催される新たな落語会「桂文珍とハナグリの会」に出演します。“ハナグリ”とは文珍が考案した「若手噺家グランプリ」の略称。
「桂文珍とハナグリの会」では、決勝戦で戦った8人の若手噺家が4人ずつに分かれ、2夜にわたって文珍と落語会を行います。出番はハナグリと同じく当日、舞台上にてくじ引きで決めるため、文珍が前座になる可能性もあるとか!? こちらもぜひお楽しみください!
