バイク少年の楽屋事件簿その12
【姿勢は治せる〜囲碁将棋文田猫背改善事件〜】

バイク少年の楽屋事件簿

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

BKBことバイク川崎バイクによる、日々ルミネ楽屋で巻き起こる事件?を元にしたノンフィクション超短編小説。

「猫背?治せるぜ。俺は治したからな」

彼が、眼鏡越しでもわかる鋭い眼差しでそう言い放ったとき、事件は起こるべくして起こったのかもしれない───。

新宿・ルミネtheよしもとの楽屋ではいつものように、その日出演する芸人達が、ネタ出番まで各々の時間を過ごしていた。

BKBことバイク川崎バイクことバイク少年(以下BKB)が、同期にあたる長身漫才師、囲碁将棋の文田と世間話をしていたときのこと。

「てかさ、ふみちゃんてさ、ほんま姿勢いいよな」

「そう?」

「うん。背高いってのもあるかもだけど、スマホ見るときにも、ほら、首が下がらないよう、ちゃんと手を上にあげてる。スマホ首にならんようにしてるよな」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

現代病の一つとして、よくあげられる“スマホ首”。

長時間、頭をうつむかせスマホを見てしまうことにより、本来の首の位置が前にズレて、ストレートネックと呼ばれる状態に陥る人が後をたたない。

BKBにも、慢性的な肩こりや首のだるさがある。
これもどうやら、猫背やストレートネックなど、普段の姿勢の悪さからくるものらしい。

その自覚があったBKBは、常に姿勢のいい文田に憧れていた。

言われた文田は「ああ、これは手を下げると逆にしんどいからね。首が下向いたり、背中が曲がるほうがしんどいのよ」と、姿勢がいい人のお手本のような返答をする。

悪い姿勢に慣れてしまっているBKBは、何度も姿勢改善を試みたことは、もちろんある。
姿勢正しく、胸を張っていたほうが人は明るく見えるし、歩き方や日常の所作一つ一つも美しくなる。
だが、ふと気を抜くと背中は丸まり、巻き肩となり、芸風とは裏腹に陰鬱な雰囲気が出てしまう。

気がついたときには、一瞬姿勢を正しはするが、意識が離れるとまたすぐに戻る。

それの繰り返し。

「いいなあ。整骨院とか通ってしっかり治すしかないんかな」

BKBが文田にそう尋ねると、信じられない言葉が返ってきた。

「いや、俺も昔はめちゃくちゃ猫背だったけど、自力で治したぜ?」

BKBは驚愕した。
嘘だろ? ふみちゃんが? 猫背の時代があった……だと?

まるで想像がつかない。

長身ということも手伝って、常に堂々と胸を張り、漫才で舞台に飛び出すときも「どうもぉぉぉ!!!」と、腹式呼吸をいかんなく発揮しながらセンターマイクに向かっている芸人は、文田をおいて他にない。

姿勢を愛し、姿勢に愛された男、文田。

少なくともBKBは、そんな認識だった(ちなみに相方の根建は普通に猫背)。

「マジで?ふみちゃんが猫背?」

「ああ。何年も前だけど、空手やめたらさ、いつのまにかめちゃくちゃ猫背なっちゃってさ」

文田は学生時代に空手を経験しており、ガタイもよく、芸人仲間の間でもフィジカル最強と言われている一人だ。

「そうやったんや。信じられへんな」

「マジマジ。この身長で猫背だったら本当に暗い雰囲気出ちゃって。本気で姿勢を毎日意識したのよ」

「ほえ〜。それで自分で治せるもんなんや」

「Bちゃん。教えるよ。治そう。まずは、こう、ピンと気を付けして、上を向いてみ?」

楽屋で突如、文田の姿勢改善講座が始まった。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「ふむふむ。それでそれで?」

「で、次は、そのまま顎だけ下げるイメージ。二重あごにならない程度に」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「ほう」

「これでなんか身長伸びるイメージない?」

「ある!頭のてっぺんが下がってないからか」

「そう。で、肩が内に入ってたら親指を外側にする。そしたら巻き肩にならないから」

「確かに!あ、でも反り腰なってもてるわ」

「そうね、胸を張りすぎると反り腰なる人多いんだけど、ここでケツ筋にグッと力を入れたら、ケツが勝手に後ろに戻って、反り腰じゃなくなるのよ」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

なんともわかりやすい文田の説明。

「ほんまや!なんか姿勢キレイな気がする!」

「そうだろ?これを日々続けるのよ。繰り返し繰り返し」

「なるほどなるほど!」

「で、結局のところ体幹が大切だから、毎日プランクとかもしたほうがいい」

「あー、まあそうか。しんどいけどねあれ」

「で、慣れてきたら、一番のおすすめは拳立て」

「けん…たて……?」

「そう、拳立て。こう、拳で腕立てするんだよ」

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「はぁ……なるほど?」

「で、このときの注意点として、拳を全部使うんじゃなくて、小指側を浮かして、人差し指と中指だけでやるんだよ」

「いや、それはだいぶキツイ」

「初めはキツイけどね、慣れだよこれも繰り返し繰り返し」

「いやでも、これは別に俺は」

「Bちゃん。マジな話、これできると本当すごいことなるから」

「そうなん?」

「ああ、なにかを殴っても拳を痛めることがほぼなくなる。ケンカすることがあってもさ、素人は結局、拳が仕上がってないから殴った側の拳の骨が折れるなんてことがしょっちゅうあんだよ。でもこの拳立てさせしとけば、強靭な拳が出来上がって、殴ったときに最後まで振り切れるようになっから。マジしたほうがいい」

「ほう。いや、は?」

「さあ、拳たてて」

「こう?」

「違う、小指は使わず!」

「いたたた」

「我慢して!それで人差し指のほうだけに重心を…」

「いや……猫背直したいだけやねん!!!」

「え……?そうなの?」

「そうよ!」

「強くなりたいんじゃなかったっけ?」

「そんなこと今日一回も言ってない」

「舐められるのはもうごめんだ、って言ってなかった?」

「言ってない」

「馬鹿にした連中を見返してやる、って」

「言ってない。猫背で肩こってるだけ」

「そっか。わりぃ」

───危ないところだった。
話を止めなければ、いつのまにかケンカマシーンにされ、なんらかの事件を起こすところだったかもしれない。

BKBは姿勢改善だけを覚え、その場を立ち去り、言われた姿勢のままネタ出番へと向かった。

「レッツゴー!盛り上がっていこうぜー!エンジン全開で!バイクだけに!ブンブン!」

いつもより胸を張ってブンブンができた───そんな気が、しないこともなかった。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

【完】

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