吉本新喜劇のベテラン女優・浅香あき恵。舞台上ではパワフルでいつもポジティブ、ちょっと天然で明るく朗らか……身近で見ている座員も、ファンの皆さんと同じ印象を抱く女性です。そんな彼女がある決断をしました。それは、「乳がんの公表」。病気の発覚から手術を経て、いま思うこと、伝えたいこと、そしてこれからのこと。ありのままの浅香あき恵を、新喜劇の後輩座員である吉岡友見がインタビューしました。

「ひた隠しにしたかった」病気の発覚
いつもと変わらない明るい笑顔、声。
緊張していた私をあき恵姉さんが、さっそくほぐしてくれて、インタビューが始まりました。
──私、本当にびっくりしてしまって。このインタビューのお話をいただくまで、まったく知らなくて、お姉さんもずっとまったく変わらなくって……。
浅香 そうでしょ? 会社の人に「本当に知られたくない」って伝えていたんです。当時は私自身がショック過ぎたのと、病気が自分のイメージに合わないって思って。だから、ひた隠しにして全部終わらせようって思っていたんです。

──まず、病気はどのようにしてわかったんですか。
浅香 2020年なのですが、お友だちで女優の立花理佐ちゃんが直腸がんとわかって。彼女から「あき恵姉ちゃん、がんになっちゃった」って電話をもらったんです。慰めるつもりで喋っていたのですが、彼女が「早く検査を受けなかったからこんなことになってしまった、検査は大事」と言っていて。普段なら自分とまったく結びつかない病気、と勝手に思い込んでいたんですが、その日になんとなく自分の胸を触ってみたんです。そしたらなんか硬いものがあって……。「えっ!?」って。
忘れもしない、乳がんと告知された日
──立花さんのその言葉がなければ、気づかなかったってことですよね。
浅香 本当にびっくりしました。すぐにかかりつけの病院に行ったら、2センチほどのしこりがあると言われて。その後、紹介状を書いてもらって大きな病院に行き、主治医となる先生と出会いました。
「乳がんの可能性が高い」と言われたものの、先生からしたら数ある患者の1人として接していることもあって、最初はその態度が事務的で冷たいと感じてしまって。私も「そんなのわからないじゃないですか!」って食い下がって。面倒くさい患者だったと思います(笑)。
先生はたくさんの可能性を踏まえたうえで、私の覚悟を促そうとしてくださっていたんです。いまでは本当に信頼していて、LINE友だちになっているくらい仲良しです(笑)。

──自分のことになると、怖いし不安だし、そうなってしまうと思います。で、検査結果は……。
浅香 忘れもしません。2020年7月6日に乳がんのステージ2Bと告知されました。脇の下のリンパ節にも転移していて、浸潤がんでした。
告知されたときは、まさしく“ガーン!”でした(笑)。「私が? ウソやん。ずっとラッキーガールやと思っていたのに」と、まったく受け止められなかった。そこから“ネットおばけ”になってしまい、最悪の場合と、そうでない場合とを調べまくる日々……。寝られなくなってしまいました。
がんにもいろんな顔つきがあって、私の場合は女性ホルモン過多からということだったので、ホルモン剤を使って治療しようとなったんですが、そのときには3カ月先までスケジュールが埋まっていて。誰にも知られたくないからそのスケジュールはこなしたい、と手術を待ってもらいました。
その3カ月間に調べたいろんなものを試して、手術に挑みました。お金もたくさんかけちゃった。できることは全部したかったんです。
ボロボロ泣く娘を見て…
──ご家族の皆さんはどうおっしゃっていましたか。
浅香 パパ(夫の佐藤武志)は、ずっと病院についてきてくれるし、送り迎えをしてくれて、病気になって改めて「大事な人やな」って実感しました。
娘に伝えたときは、あまり泣かない強い子なのに私の目の前でボロボロ泣いて……。「私のために泣いてくれてる~!」ってめっちゃ嬉しかったです!(笑)
──そのリアクション、さすがのあき恵姉さんです! そして、入院までのスケジュールをこなす3カ月間、私はまったく気づきませんでした……。
浅香 でしょ! うふふ。でも、よりにもよってその期間に補正下着を試着するというロケがあって、着せてもらうときにしこりがバレないかヒヤヒヤしていました。
ポジティブな言葉が引き寄せたハッピー
──なんだか、ずっと明るい! そして、手術を迎えたんですね。
浅香 9月4日に手術でした。手術して、麻酔が覚めた瞬間に「やったー! ラッキー! 幸せ! ハッピー!」って、ぼーっとしながら言っていたらしいです。
その後、看護師さんが「そんなことおっしゃる患者さんのお顔が見たくて」ってぞろぞろと見に来ました(笑)。全身麻酔も初めてだったので「生き返った!」って思って嬉しかったんでしょうね。

──これまた、普段から“言霊”を意識するあき恵姉さんらしいエピソードです。
浅香 手術をしてから、なぜか、すごくスッキリしているんです。それまでウジウジ悩んでいた感じや、暗さがいっさいなくなりました。そして、入院生活をめっちゃ楽しみました。病室にアロマを焚いたり、自分の好きな物をたくさん置いたり、体操したり。思いっきり楽しみました。
再発リスクを防ぐために抗がん剤治療はやったほうがいいと先生から説明を受けたけれど、髪の毛も眉毛もまつ毛も抜けて、隠し通せないからやりたくないと伝えていました。
結果、手術で取り出したリンパのがん細胞の数が少なかったので抗がん剤治療を免れ、10年間のホルモン剤治療になりました。胸も温存できました。しこりも1.78センチほどに小さくなっていて……目覚めたときに口に出していた言葉がハッピーを引き寄せていたのかもしれません。気持ちで状況が変わっていったのかも。
人って不思議で、ろくでもないことを考えていたら、ろくでもないほうに進んでいく。スッキリして、綺麗なものや楽しいものに目が向くと、そう進んでいくんやなぁって。コロナ禍でもあったので誰にも気づかれずに9月15日に退院して、10月1日に復帰しました。
支えてくれたありがたい存在
──病気のことを伝えていた座員さんはいらっしゃるんですか?
浅香 身近な数名の方には言っていました。みどり姉さん(若井みどり)は毎日のように電話をくれて、やんちゃん(未知やすえ)も相談に乗ってくれて……。「元気出して」って言葉にはしないけど、行動で伝えてくれました。本当にありがたい存在です。
藍ちゃん(酒井藍)は忙しいのに、手術の前に女性特有の健康にご利益のある春日大社へ誘ってくれて、入院着や日本酒を奉納させてくれて。メモ帳にポジティブな言葉をバーッて書いて「ハイ!」って渡してくれました。入院中はそれをお守りにしていました。藍ちゃんは、本当にスゴイ人。泣けました。
「欲しい」から「手放す」人生へ
──素敵な人のまわりには、素敵な人が集まるんやって私も思います。いま現在も治療中で、「隠し通そう」と思ってらっしゃったのに、このタイミングで公表しようと気持ちが変化したのはなぜですか。
浅香 70歳になるからです(10月23日が誕生日)! ここからは「欲しい、欲しい」の人生から「手放していく」人生にシフトチェンジやと思いました。断捨離です。
この歳になったら、いまからの10年はお得でしかないんです。普通なら働けない年齢なのに、働ける環境にあって。体力も記憶力もすべて自分次第なんです。
ここからは持っているものを手放して、社会貢献じゃないけれど、自分が生きてきた何かを残したいと思って。あの世には持って行けないし。ある程度の年齢になってきて、経験をして、これって役立つことも、伝えられることもあるんだなって思ったんです。

理佐ちゃんは東京で同じ経験を乗り越えたタレントさんたちと繋がって活動していると聞いて、私も思ったことや、治療していくなかでの気持ちの変化を、いま壁にぶち当たっている人に何か伝えられるならば……と思って。10人に1人って言われるぐらい、どの人にも可能性がある病気なんで。
「隠そう」と思っていたけど、いまは自分自身が吹っ切れて、大声で叫んでもいい状態になりました。主治医の先生にもYouTubeに出て! って言っています。
──現在も治療中ですが、手術といった、人生での壁を乗り越えて思うことはありますか?
浅香 いまは毎日のホルモン剤だけは忘れないようにと言われています。女性ホルモンを抑える薬なので「私、女子力高いんや!」って思っています(笑)。あと、人間ドックに行ったら高いお金がかかるところを、1年に1回全身くまなくチェックしてもらえるのがラッキー! って思っています!
──(筆者も、カメラマンさんも同行していたマネージャーも爆笑)ポジティブすぎます!! 言葉に出していたら、良いことって本当に引き寄せるんやなって、あき恵姉さん見ていたら本当に思います。
浅香 引き寄せます。だから、これからも自分にとって気持ちの良いことをしていきたいなって思っています。損得じゃないところで。人の目を気にして「こうしなきゃ」はもうやめます。

──今後やりたいことってありますか?
浅香 ヨーロッパに行きたいです! 生きているうちに! あとはやっぱり芸能の世界にいる限りは、与えられたものはもちろんだけど、チャレンジも引き続きしていきたいです。ガンバルンバ! ですね。
──最後に、いまのあき恵姉さんからファンのみなさんにメッセージをお願いします。
浅香 乳がんのことなら、何でも聞いてください!(笑) 私には親友の主治医という強力なバックがいますんで。あとは、とにかく「すぐに検査に行く」を伝えていきたいです。早めにわかれば治るので。これは皆さんに伝えていくのが使命だね、と理佐ちゃんと言っています。
とりあえず、人間は乗り越えていけるもんです。自分でもびっくりしてるんです。
生きている限り、乗り越えていける。大丈夫。

闘病中の手記に「すべてはうまくいっています」
いま思えば、あき恵姉さんが大変な時期に私は悩み相談をしたり、グチを聞いてもらったりしていました。私のほうが小さな小さな悩みだったりするのに、ずっと変わらず寄り添ってくれる、明るくて優しいお姉さんです。
本当にすごい。強い。舞台上だけでなく、人間としても背中を追い続けたいと、心の底から思いました。
筆者だけでなく、カメラマンさん、同行していたマネージャーさんや社員さんも一緒になって泣いたり笑ったりする、とてもあたたかい空間でした。これもあき恵姉さんのお人柄。
告知から手術、入院の日々の気持ちを忘れないように綴っていたあき恵姉さん。
そのメモを今回すべて読ませていただきました。その手記の最後は、
〈この病気を公表するのは 良きタイミングを得た時と 心に決めました
確実に 気持ちがすべてを乗り越えた時 そのタイミングはやってくると思う
そしてこの病気になったから 得たものは大きいはず
すべてはうまくいっています〉
と締められていました。
すべてを乗り越えたあき恵姉さんの想いが、みなさんに届きますように。自分の文章が、少しでもその力になりますように。
あき恵姉さん、これからもよろしくお願いします!

