3時のヒロイン・福田麻貴
エッセイ「役満家族」連載第5回

役満家族

3時のヒロイン・福田麻貴が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。一風変わった生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

3時のヒロイン・福田麻貴が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。一風変わった生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

出典: FANY マガジン
出典: FANY マガジン

「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝後、バラエティー、ドラマ、コメンテーターと幅広い活動を続ける、3時のヒロイン・福田麻貴。
そんな彼女が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。スナックと雀荘で過ごした子供時代、父との出会い、名門・関西大学を卒業しアイドルを経て芸人に転身したヘンテコな生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。

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『あたし、牧場行ってへんねん』


「今日からここに住むで!」

 あたしはまだ目をこすっている賢吾と麻貴の可愛い寝惚け顔にそう放ち、これから始まる”お父さんのいる家族”がどんなんか早く教えてあげたくなってにやにやした。指でつんと押せば傾きそうなボロ家やけど綺麗に掃除してある。ア〜これから幸せやぁ。小さいけど私のお城や。

 去年よっちの家でてっちゃんに初めて会った後、未亡人のあたしを可哀想やと思てくれたんか子供も連れてファミレスで食べさせてくれたのがあの一回きりだけ。それから特にお互い連絡を取り合うこともなかったし思い出すこともなかった、向こうからくらいはあってもいいのに、あたし結構モテるのに。後から聞いたけどあの日賢吾と麻貴がテーブルの周りを走り回ってるのにあたしが注意もせんと食べてたのを見て引いたみたい。そら二度と連絡来ぉへんわな。

 一年経った春、あたしはママに言われるがままスナックをオープンした。最初は知り合いが順繰りに来てくれて賑やかやったけど、すぐに誰も来ぉへんようになった。とにかく店を坊主にしたらあかんから、他に知り合いおらんかったかな、と連絡帳ペラペラしてたら目に止まったのがてっちゃんやった。後に彼は言う。

「お前がポケベル鳴らしたんが始まりや」

 てっちゃんは困ってる人見たら助けな気済まへん人やから、その日から毎日店に来てくれた。ええ人やなぁ、優しい人やなぁ、それだけの人やなぁ、という感じ。あたしからしたら。

 でもあの人はいつからあたしを好きやったんやろ。何で好きになってくれたんやろ。あたしが可哀想やからかな。あの人は可哀想な人ほっとかへんから、それであたしが後々苦労する羽目になるねんけどその話はまたいつか。

 あるときから「頭痛いからバファリンちょうだい」ってしょっちゅう言うようになった。あたしの家は店の上の三階やから、初めはほんまにバファリン取りに行ってたけど、途中から「頭痛いから家で横になったらあかん?」としっかり段階を踏んできたので、家に入りたい口実やったんやとそこで気付いた。あたしてっちゃんのことほんまそんな感じちゃうかったから、子供おるし〜って笑い飛ばしてごまかしてた。

 でも、恋ってアホみたいやんね。ある日がんこ寿司に連れてってくれて、カウンターの椅子、座ろうと思ったら引いてくれて、なんかその瞬間、きゅん……ってなってもうた。指で弾かれた鼻くそがカツンと後頭部に当たったくらいの小さな衝撃やねんけど、人生を大きく変えることになるわけやねん。こんなことやねんなぁ、恋って。

 ポケベルを鳴らした春から半年も経たへん夏の終わりに、急に家に連れていかれて婚姻届を渡された。びっくりしたけど、あたしは「はい」とも「いいえ」とも取れるような「ありがとう」を返してはぐらかした。

 でも確実にてっちゃんを見る目は変わっていってた。見た目もいかついし、強引で慣れてるような人やろなと思ってたのに、手握るのもキスするのもエッチするのも、高校生みたいに一つ一つ慎重で時間がかかった。子供も含めて大事にしてくれてるのが伝わってきて、もしかしたらこの人いいお父さんなるんちゃうか…って思うようになった。自慢じゃないけど、て言うか自慢やけど、てっちゃんの友達はみんなこう言うた。てっちゃんはずっとモテ男でいつも隣にええ女連れてたけど誰とも結婚せぇへんかったんや、こんなんお前が初めてやでって。

 でも果たしてほんまに結婚してええんやろか。あたしは迷って、迷って、迷って、迷った末に、牧場に行くことにした。と言うのは子供についたウソで、実際は、ほんまにこの人と結婚して大丈夫なんかを確かめるために二人だけでしばらく同棲することにした。

 子供を連れて行きたかったのはやまやまやけど、ママのことが気がかりやった。ママは再婚を許してくれへん。でも再婚できたらあたしは水商売をやめて夜は子供と一緒にいてあげられる。結局ママと折り合いがつかへんまま、置き手紙をして黙って出た。子供の頃からママの言うことを全部聞いてきたあたしがした初めての反抗やった。でも、娘と孫の三人をいっぺんに失ったらママはおかしなってまうんちゃうかと思ったから、まずあたしが行って大丈夫やったら賢吾と麻貴を連れて行く、フェードインの形で引っ越そうという魂胆やった。あたしは子供に「北海道の牧場へ出稼ぎに行ってくるから、かしこく待っときや」と言い聞かせて、たった四駅先の駅にたどり着いた。

 てっちゃんの家は、難波から四駅隣の粉浜という町にあった。おんぼろ長屋の一番端っこで、一階と二階に一部屋ずつの狭い家。てっちゃんはあたしを彼女と言うより、可哀想な子を拾ってきたみたいに優しく丁寧に扱ってくれた。昼は何もすることないからカーテンを縫ったりクッションカバーを縫ったりして、夜はてっちゃんが毎日銭湯に連れてってくれて、神田川みたいな生活やった。あたしは子供に会いたくて毎日泣いてた。ママにも怖くて電話することもできひんまま毎日悶々としてた。この家で四人で暮らす日々を夢見ながら。

 と、母は後に私に話してくれた。冒頭の「小さいけど私のお城や」も本当に言っていた。この後、私と兄がこのおんぼろ長屋で目を覚ますまで、もうしばし母の話を聞いてほしい。

3時のヒロイン・福田麻貴

1988年10月10日生まれ。大阪府大阪市出身。関西大学卒業。
2017年に相方・ゆめっち、かなでと「3時のヒロイン」を結成。2019年には『女芸人No.1決定戦 THE W』で優勝。バラエティ番組を中心にYouTube・ドラマ・コラム執筆など幅広く活躍中。「めざまし8」(フジテレビ)、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」(テレビ朝日)、「おはスタ」(テレビ東京)、「花咲かタイムズ」(CBCテレビ)などレギュラー出演中。