ピース・又吉直樹の「本の魅力を語らないか?」の一言からはじまった、又吉、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫による「第一芸人文芸部」。
そんな「第一芸人文芸部」がお届けする、現在、毎週木曜にAmazon Audibleにて配信中の、又吉が編集長を、ピストジャム、ファビアンがMCを務めるブックバラエティ『本ノじかん』。
毎回、ゲストをお迎えし、好きな作品や著書、影響を受けた一行、執筆方法や読書法など、それぞれのブックライフをMCの2人と語り合いながら、本を愛する方々、そして本にあまり触れてこなかった方々へ、本の魅力をお伝えする番組です。
そしてこのたび、『本ノじかん』の企画の一つ、人気芸人5人によるリレー形式で小説を紡ぐ連載企画『クチヅタエ』をFANYマガジンで特別連載することになりました。
執筆メンバーは、バイク川崎バイク、3時のヒロイン・福田、ニッポンの社長・辻、しずる・村上、レインボー・ジャンボ(連載順)。
さらに、Amazon Audible『本ノじかん』の『クチヅタエ』で朗読を担当するのは『ヒプノシスマイク』の飴村乱数役をはじめ、『アイドリッシュセブン』の二階堂大和役など、人気作品のキャラクターを多く演じている人気声優の白井悠介!
作者も誰も予想できないストーリーをぜひお楽しみください!
『壁のないフィナーレ』第一話 バイク川崎バイク
「誰もこの場から動かないでください」
平尾沙也加は静かに、しかしある種の覚悟を持った強い語気でそう言い放った。
横たわった遺体の前で───。
沙也加と僕は子供の頃、親戚の集まりなんかで年に何度か顔を合わせていた、歳も近い従兄弟同士。
当時、すこぶるいきがっていた自分とは異なり、沙也加はどちらかというと引っ込み思案で、周りの大人達に合わせて行儀良くおとなしかった記憶がある。
それがいざ本当に大人になると、先程の言動からも見て取れるように、立派になったものだなと感心する。
逆に今の僕はというと、幼少の頃の活発さなどは見る影もなくなっていることだろう。
一時間ほど前も、随分と久々に対面した沙也加に対して「あ、えと……久し、ぶり」という、人と関わることをやめ、THE人見知りになり果てた挙動不審な僕の挨拶を、やや訝しんでいた様子だった。
「うん。久しぶり。透くん」と言いながら沙也加が、僕のつま先から頭のてっぺんまで目線をさっと往復させたのは、沙也加の職業柄なところにあるのかもしれない。
「誰もこの場から動かないでください。みなさん落ち着いて。わたしは刑事です」
沙也加の突然のその一言を皮切りに、遺体を前にした周りの人達の数人はわかりやすく取り乱していた。
半径1メートル以内でうろうろする者、首振り扇風機のように左右をキョロキョロする者。どういうことだと叫ぶ者。
その状況下でただ一人───僕だけはじっと遺体と周りを見つめ、目を細め、なにか手掛かりを思い出そうとしていた。
ポリシーとしては、本当はなににも関わりたくないのだが。
おそらく、この事件の唯一の目撃者であろう自分にできることは、それくらいだという自覚はあった。
「……透くん。なにか見たり、覚えてることはある?」
沙也加が小さな声で、そう尋ねてきた。
僕は精一杯、それに答えてやる。
「えと……ああ、見たし覚えてる。もちろん全部ね」
その受け答えは、我ながら子供の頃の、無敵だったあの頃の自分が乗り移ったようで、なんだか気恥ずかしくなった。
これは、“神童”と謳われたこの僕、赤霧透が、人生になんの期待も持たず、なにも成し遂げず、終わりを迎えるまでの物語───。
*
事件から遡ること3日前。僕は趣味である散歩をしていた。
住み慣れた街を眺めながら、些細な変化を見るのが好きだった。
近所の、行きつけだったゲームショップが潰れコンビニができたときはとても悲しかったが、この距離のコンビニはこれはこれでアリかという気持ちも込み上げてきて、それがなんだかおかしくて、久々に口角をあげた。
久々に、というのは大げさな意味ではなく、そのままの意味で、ここ数ヶ月笑った記憶がなかった。
というのも、僕は高校生くらいの頃から、基本無口の人見知り。
趣味は30歳にして散歩とゲームのみ。交友関係も彼女はおろか、親友と呼べる人間もおらず、身内とも疎遠で孤独な生活を送っていたからだ。
なにがここまで僕を孤独たらしめたかというと、僕の持って生まれたその“能力”が大きく関わってくるだろう。
前述した通り、自分で言うのは憚られるが僕は“元”神童で、いわゆる天才だった。
幼少の頃からその力をいかんなく開花させ、親はもちろん周りの人間の皆が僕に期待し、キラキラした目で成長を眺めていた。
前置きが長くなったが、僕のその能力とは『瞬間記憶』。
その力の上限具合に差はあれど、能力の保持者自体の割合は、3万人に1人か2人らしい。
俗に“カメラアイ”とも言われていて、目で一度見たものならば、人の顔、風景、文字列、色味など、全てを写真のように記憶することができた。
それが僕の持って生まれた能力。本人が望む望まないに関わらず。
想像も容易いだろうが、子供の頃にこの力に気づき目覚めると、それはもう人生がイージーモードだった。
勉強も特段なにも苦労せず、目に見えるもの一切を文字通りインプットして答えていく僕は、神童・赤霧透、と称えられるのに値する存在だったと思う。
ただ───それが良くなかった。
物心がつく前に、大人からチヤホヤともてはやされ、同世代からは妬み羨ましがられ、みるみるうちに、人の気持ちなど1ミリも理解できない天才な“だけ”の子供が出来上がっていった。
長くなるので詳細は端折るが、この自分の能力が原因となり、僕が小学生も高学年に差し掛かった頃、親は離婚した。
そりゃ我が子に、父の浮気現場、相手の勤め先、ホテルの名前、それらをペラペラと話されたら、たまったものではなかっただろう。
当時の幼かった僕は、目に見えるものは覚えられたが、善悪の区別などはついておらず、穏便や忖度、秘密など、大人が大切にしている言葉達を知らなかった。
目に見え記憶したものを真実として、ただ話せること。それができる自分に酔っていた。
両親がそんなことになっても、中学にあがる頃にはその自己陶酔に拍車がかかり「僕はみんなとは違う特別な存在」という認識は膨らんでいった。
が、それに反比例するかのように集団からは孤立していった。
初めは「僕という才能を理解できない無能なやつらめ」などと強がっていたが、当時好きだった女子に「ズットキモチワルイ」と言われてからは流石にいろいろと考えるようになった。
しかし、時すでに遅し。もはや自分を謙虚に見せる術もわからず、性格も破綻しかけていた僕は極力、人と関わらないようになり───
今の孤独な暮らしに至った。
そして散歩中、登録されていない電話番号からスマホに着信があった。
めったに電話などかかってこないので一瞬たじろいだが、その番号は覚えていたのでスマホの画面をタップする。
「もしもし? 透くん? わかる? 沙也加だけど。平尾沙也加」
やはり相手は従兄弟の沙也加だった。
「え……ああ。うん。久しぶり」
「なによ、ふふ。よそよそしいな。まあ久しぶりだもんね。要件だけ伝える。おばあちゃんがね、死んだの。だからお葬式くらい、顔出してよ」
*
───そしてまた現在。
「誰も動かないで」と、棺桶に横たわった祖母の遺体の前で、毅然とした態度で場を仕切る沙也加は本当にすごいなと思った。
沙也加が僕のほうに近づき、ひそひそと囁いてくる。
「……それで、状況はわかってる?」
「多分だけど……盗まれたんだよね。香典」
瞬間記憶の能力をひけらかすことは控えていたが、昔の癖であたりの観察はずっとしていたので、そんな予想はついていた。
「さすがね。なんか雰囲気変わってたけど、安心したわ」
「ああ……まあうん。てか沙也加もさすがだけど」
「で、なにか見た? 自慢のその目で」
「ああ。見たんだけど」
「見たんだけど?」
確かに僕は、怪しい動きをしている数人を目撃し、それを画像として覚えていた。
それは能力なんだから間違いない。だが───。
「なに? なにか見たなら教えて」
「教えたいんだけど……その」
「どうしたの?」
「目がとても悪くて」
「え?」
「最近ゲームしすぎて目が悪くなって、見たもの覚えてはいるんだけど、顔とかぼやーっとしてるんだよね」
「……は?」
沙也加の語気が今日一番、強くなった。
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トップバッターは、著書『電話をしてるふり』(ヨシモトブックス)などでショートショートの名手として知られるバイク川崎バイク。約3000文字にもかかわらず、殺人事件を彷彿とさせる描写からはじまり、緊迫感と今後の展開への期待感をふんだんに詰め込みました。次回は、3時のヒロイン・福田。どのような展開になるのか、乞うご期待!
Amazon Audible『本ノじかん』では、吉本ばななや尾崎世界観、ラランド・ニシダ、Aマッソ・加納など、豪華ゲストをお迎えして、毎週木曜日に配信中です。今後は、小説家の浅倉秋成、絵本作家のヨシタケシンスケ、我らが編集長、ピース・又吉も出演予定。お楽しみに!
過去放送回は全てアーカイブで聴くことができます。
【Amazon Audible『本ノじかん』】
ゲスト:吉本ばなな
ゲスト:尾崎世界観
ゲスト:ラランド ニシダ
ゲスト:Aマッソ 加納
番組概要
第一芸人文芸部プレゼンツ『本ノじかん』
配信日:毎週木曜日朝7:00ごろ更新
配信プラットフォーム:Amazon Audible
ナビゲーター:ピース・又吉直樹、ピストジャム、あわよくば・西木ファビアン勇貫
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