「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝後、バラエティー、ドラマ、コメンテーターと幅広い活動を続ける、3時のヒロイン・福田麻貴。
そんな彼女が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。スナックと雀荘で過ごした子供時代、父との出会い、名門・関西大学を卒業しアイドルを経て芸人に転身したヘンテコな生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。
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『あたしの長い三ヶ月』
北海道は今頃ジャンバーの季節やろか、私のおらん北海道の牧場は。どこにあるかもわからへん、賢吾と麻貴の想像の中の牧場は。そこであたしはまだ空が暗い早朝から起きてきて牧草まみれになって働いてる、そんな空想上の設定を心苦しく思いながら、悶々と毎日を過ごしてた。
おんぼろ長屋のお風呂は故障中で、毎日てっちゃんと二人で銭湯に行く日々の中であたしはこの人の優しさに浸かりきってた。あたしが生理になって銭湯に行かれへん日は、近くに住んでる兄ちゃんの家に連れてってくれた。玄関を開けて「風呂入れたってくれやあー」と紹介されたあたしに何の質問もせんと、嫁さんが歓迎のアイスコーヒーを入れてくれた。兄ちゃん夫婦にも子供が二人おって、家族四人で幸せそうやった。こんな家庭を作りたかったはずやのになぁ、と思い出した。
兄ちゃんとこの下の子は、賢吾と麻貴のちょうど間の年の五歳の女の子で、えらいあたしに懐いてくれた。幼稚園から帰って来たら毎日遊びに来て、てっちゃんが仕事に行ってる間、二人でお絵描きしたり餃子を生地から作ったりして遊んだ。
夜になったらてっちゃんが帰ってきて、二人の時間。二人の時間て言うても、二人とも趣味もないから家でゴロゴロするだけ。テレビでドラえもんやちびまる子ちゃんが流れてきたら、子供を思い出して涙で見られへんかった。
二ヶ月くらいそんな日々を過ごしたある日の明け方、あたしはてっちゃんの家を飛び出した。
こんなに優しくて愛情深くて頼りになる人は他におらへんけど、こんなに几帳面で頑固で亭主関白な人も他におらへん。自分の思い通りにならへんかったらこっちが折れるまで怒り続ける、子供社長や。そんな一面が見えてきて、ほんまにこの人でええんかな、賢吾と麻貴を置いてまで来る場所やったんやろか、天秤が少し傾き始めた。
明日逃げよう。もう難波に戻ろう。あたしは昼のうちに荷物をこさえて押し入れに隠した。てっちゃんはいつも通り仕事から帰ってきた。いつも通り二人の夜を過ごして、いつも通りてっちゃんの横で寝て、時を待った。
朝の五時頃、あたしはこっそり起きてそーっと階段を降りて家を抜け出した。玄関のドアを最後の一ミリまでゆっくりと閉めた瞬間、さっきとは打って変わってどんな派手な音を立てようと構わず走った。きっとこんな季節の朝方は寒いんやろうけどあたしは身体中の血がグツグツ言うてるみたいに熱かった。大通りへ出てタクシーを止めて、急いで飛び乗った。
タクシーが出た瞬間、窓の外にてっちゃんがパジャマで追っかけて来てるのが見えて、あたしは身を潜めながら、こっちを向くなと祈った。鬼の形相で辺りを見回してるてっちゃんの姿がだんだん遠くなっていった。何であたしはこんなやり方しかできひんねやろ。腰を据えて話す勇気はないくせにこういうところは大胆やった。
あたしはまずママの家へ謝りに行った。何て言われるんやろか。叩かれるやろか。インターホンを押して名前を告げるとしばらくして、目をこすったママが出てきた。返事は一言やった。「てっちゃんのところへ帰り」
扉が閉まったあと、あたしは泣きながら粉浜へ戻った。呆気ない脱出劇やった。
粉浜に戻ったあたしは事あるごとに、子供に会いたいと泣いた。てっちゃんはやっぱり優しかった。あたしはこの人が好きやった。全部あたしが自分で決めたことやのに、後にも先にも引けへんようになってただ短絡的に子供に会いたいという感情だけが溢れて、毎日泣くあたしを見ててっちゃんが言った。「迎えに行こう!」
次の日てっちゃんはなけなしのお金をはたいて海の見える綺麗なレストランに連れてってくれて、帰り際に車のトランクから花束と指輪を出してきた。
「子供も含めて愛してます。結婚して下さい!」十二月の冬休み、クリスマス前のことやった。
夜十時頃、あたしとてっちゃんは難波のアパートに車で向かった。国道二十六号線を走りながら、三ヶ月前まですべり台を交互に滑ってあたしに見せてきたり、お風呂上がりに布団に勢いよく寝っ転がってお母さん布団かけてーって楽しそうに言うてきた子供らが、フロントガラスにスクリーンみたいにして次々映し出されるように浮かんできた。そのフロントガラス劇場をぼーっと眺めながらあたしは黙って助手席に座り続けた。
部屋に入ると、そこに子供らは寝てなかった。日曜日。日曜日はスナックが休みで、ママの家へ泊まりに行ってるであろうことは容易に想像できた。
二度目の訪問となるとさすがに泣き寝入りしたと思ったか、ドアを開けたママの表情は一瞬嬉しそうに見えた。でもあたしの後ろに立つてっちゃんの姿を捉えて、すぐに顔色は変わった。
「子供連れて行くわ!」と靴を脱ぎ捨ててずんずん奥へ進むあたしを、ママは驚きながら必死に止めた。寝ている賢吾と麻貴を抱きかかえて連れ出そうとするあたしと、「連れていかんといて!」と泣きながら抵抗するママで、子供の引っ張り合いになった。
あたしはママから卒業したかった。てっちゃんと一緒になって子供を幸せにする。意志は固かった。修羅場の中でまさに今身体を引っ張り合われている賢吾と麻貴は、まったく目を覚ます様子もなく、三ヶ月ぶりに母に抱かれていることもまだ知らないまますやすや眠っていた。たった三ヶ月でも少し大人になったような顔つきで寝てる二人の成長を見て、この子らにとっての三ヶ月の長さを感じた。
母子家庭やったあたしは、子供の頃からママの言うことは必ず聞いてきた。ママが引っ越すと言えば卒業目前であろうが転校したし、ママが店をやりなさいと言えば店をやって、言われるがままに水商売をやった。そんなあたしがここまでの腕力で正面きってママに立ち向かっていることに何かを感じたのか、ふとママの手が止まった。「もうええわ、連れていき。子供は親とおるのが一番いいんや」と、自分に言い聞かせるようにママは手を離した。
粉浜の家に着いて、賢吾と麻貴を部屋に寝かせると、二人は目を覚ました。久々にあたしを見たはずの二人は、あたしが目の前にいること、知らない家にいること、まだ朝ではなさそうなこと、すべての状況を飲み込めていないのか夢うつつという感じで目をこすっていた。
「今日からここに住むで!」
今日までの日々を誤魔化すかのように、希望に満ち溢れた声色で言ってみると、子供達は嬉しそうに部屋を見回した。そして「見てみー!二階あるねん!」と二階に連れて行くと、屋根裏のような狭い部屋を、秘密基地を探索するみたいに「わ~!」とはしゃいで喜んでくれた。
そのときようやくホッとした。
「ア~これから幸せやぁ。小さいけど私のお城や。」
3時のヒロイン・福田麻貴
1988年10月10日生まれ。大阪府大阪市出身。関西大学卒業。
2017年に相方・ゆめっち、かなでと「3時のヒロイン」を結成。2019年には『女芸人No.1決定戦 THE W』で優勝。バラエティ番組を中心にYouTube・ドラマ・コラム執筆など幅広く活躍中。「めざまし8」(フジテレビ)、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」(テレビ朝日)、「おはスタ」(テレビ東京)、「花咲かタイムズ」(CBCテレビ)などレギュラー出演中。