「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝後、バラエティー、ドラマ、コメンテーターと幅広い活動を続ける、3時のヒロイン・福田麻貴。
そんな彼女が幼少期を過ごしたのは喧騒と混沌の街、大阪・ミナミ。スナックと雀荘で過ごした子供時代、父との出会い、名門・関西大学を卒業しアイドルを経て芸人に転身したヘンテコな生い立ちを、個性豊かな家族たちとの思い出と共に綴ります。
『年下の父』
物心ついた時にはすでに、父は母の思い出の人だった。「お父さん」と言葉を覚えたとて呼ぶ機会などないので、私は父を、母がそうするように下の名前に”くん”付けで呼んでいる。
私の顔面は母の生き写しのようで、母を知らないはずの友達にさえ「この間麻貴のお母さん見かけたよ」と言われ、ついに並んでみれば爆笑され、地元では鉄板ネタと化しているほどだが、本当は父に似ていることを誰も知らない。
母の淡い思ひ出にお邪魔する。
母は中学三年の十一月、商売好きの祖母の奔放な都合で転校した。卒業間際に転校してきた奇妙な転校生だったであろう母に、毎日廊下ですれ違う度にちょっかいをかけてきた別のクラスの男子生徒がいたそうだ。「今度みんなで家行くわ！」と冗談まじりに放った彼は本当に友達を連れて家に来た。それも毎日のように。そのうち一人で来るようになり、二人は付き合った。
二人は高校一年で別れ、高校二年でよりを戻し、高校三年でまた別れ、二十歳で再びよりを戻して二十二歳で結婚した。「結婚したら男の子と女の子生んで、俺は男の子と一緒にごはんと味噌汁の朝ごはん、お前は女の子と一緒にパンの朝ごはんやなぁ」なんて言ってたら本当に男の子と女の子が生まれて、もちろん私はその女の子だ。
待望の女の子である私は十月に生まれ、三ヶ月間は父の腕に確かに抱かれたのだろうが、一月に父は倒れ、二月に死んだ。一度だけ父と共有したらしき秋と冬の記憶はもちろんなく、もはや私と父が同時にこの世に存在していたこと自体がうそみたいなくらい、私の人生にとって当たり前に父はいなかった。私が二十五歳になった時、自分を生んだ父の年齢を追い越した。父が年下。変な気分だ。
「今年も～海へ行くってぇ～いっぱい映画も観るってぇ～約束したじゃぁない～あなたぁ～約束したじゃないぃ～」と、母はカラオケで沢田知可子の「会いたい」を号泣しながら熱唱し、周りの友達を引かせた。
父と暮らしたらしい南港という街で二月から五月を家族三人で暮らし、先述の天王寺・夕陽丘に移って四年過ごした。大人になって思い返してもあの時期母から悲壮感など微塵も察知することなく私たちは生まれた通りに子供をやっていた。ごく普通の暮らし。自転車の前カゴに私、後ろカゴに兄が乗せられて急勾配の坂を下ったり上ったり、部屋にあるおもちゃの滑り台をひたすら交互に滑って母に見せたりして、三人でお風呂に入って三人でテレビを見て三人で眠りに就いた。
三歳のある日、運命が少し動いた。母は小学校の頃からずっと同じ女子三人組でつるんでいる。丸顔に眼鏡のババスと、首が長くてつり目のよっち。なぜか子供の頃からお互いを「おばさん」と呼び合っていて現在は呼び名でも何でもなく紛れもないおばさんだ。その日は母に連れられよっちの家に遊びに行った。よっちには壮一という旦那がいる。砂でうがいをしたような嗄れ声にビールっ腹を携え、ガキ大将がそのまま歳を食ってしまったような品性のかけらもない男だ。壮一もその日同級生を家に呼んでおり、私たちは一緒に食事をすることになった。同級生のその男はクリクリとカールした短髪にさりげない剃り込みをあしらい、どことなく優しさが滲むハの字眉毛がアンバランスで、喧嘩は強そうだけどちょっとかっこ悪い。でも、壮一の親分のような存在らしい。その日は彼が私たち三人を車で家まで送り届けてくれた。彼こそが、てっちゃんだ。二人目の父。
後日てっちゃんが私たち三人をファミレスに連れて行ってくれたが、それっきりしばらく会わない。
母がてっちゃんと再会するのは、一年後だ。
3時のヒロイン・福田麻貴
1988年10月10日生まれ。大阪府大阪市出身。関西大学卒業。
2017年に相方・ゆめっち、かなでと「3時のヒロイン」を結成。2019年には『女芸人No.1決定戦 THE W』で優勝。バラエティ番組を中心にYouTube・ドラマ・コラム執筆など幅広く活躍中。「めざまし8」（フジテレビ）、「トゲアリトゲナシトゲトゲ」（テレビ朝日）、「おはスタ」（テレビ東京）、「花咲かタイムズ」（CBCテレビ）などレギュラー出演中。
