中断をはさみながら、今年で20年を迎える『M-1グランプリ』。1年のお笑いの総決算と言っても過言ではないM-1の歴史は、芸人や笑いの質の変化の写し鏡でもあります。そしてこのM-1で、誰よりも多くの“笑い”を見てきたのが、2001年の第1回から予選のMCを務めてきたはりけ〜んず(前田登、新井義幸)です。そこで、M-1の開始20年を記念して、M-1を支え続けてきたこの2人に、いままでを振り返ってもらいました。
毎年数千組を見守るM-1の功労者
――はりけ〜んずのおふたりは、第1回の『M-1グランプリ』からずっと、MCを務めていますよね。
前田 そうです。M-1がスタートした第1回の時点で芸歴がちょうど(当時の参加資格の結成10年未満を越えた)11年目で。
新井 番組の1年目から、資格がなくて参加できなかったんですよね。それでMCをやることになって……。2002、03年くらいまでは1回戦から敗者復活戦まで全予選のMCをしていたと思います。
前田 どんどん参加者が増えていって全部はできなくなったけど、M-1がいったん終了した2010年までは、それでも全体の半分くらいはやってたんじゃないですか。
――減ったとはいえ、いまも1回戦から準決勝までMCを担当しているということは、毎年数千組に接しているわけですよね。
前田 そうなりますかね。旅行で泊まったホテルの支配人の方に「ぼく、M-1出ました」と声をかけられたこともありますよ。
新井 あはは!
MCで時事ネタを話さない理由
――MCをするとき、心がけていることはなんですか?
前田 主役は出場者なので、彼らが少しでもやりやすい空気にすること。それから、ネタの邪魔をしないこと。つまり、時事ネタとか最近あったことはMCで極力出さない。もしネタにそういうものが入っていたとき、先に僕らが出してしまったら薄まりますから。
――なるほど、たしかにそうですね。
前田 やりやすい空気にするためには、お客さんの緊張をほぐすのがいちばん大事ですね。お客さんに「ずっと座ってるし、背伸びしましょうか」とか声をかけたりしますけど、それも緊張で肩が凝ってるのをほぐすためです。
新井 あと、どんな売れっ子でもアマチュアでも、同じ環境で舞台に立たせてあげたいっていうのは心がけてますね。
――MCをしているときは、全組を見るものですか?
前田 準々決勝、準決勝あたりはもちろん見ますが、1回戦、2回戦の会場は小さくて舞台袖にいられないことも多いですから、全部は難しいですね。それでもモニターがある会場であればずっとつけておきますし、気になるコンビは見に行ったり、ドッと笑い声が聞こえたら確認したりはします。
新井 特にいまは、1回戦だとナイスアマチュア賞というのがあって、その日、印象に残ったアマチュアを決めるので、僕はアマチュアの子は見ていますね。
――時々、MCでそのブロックのネタのことや、袖の芸人さんの様子を話すこともありますよね。
前田 袖での様子はお客さんが知りたいだろうというのもあるし、正直、長丁場やから、こっちもしゃべることなくなりますし(笑)。いちばん新鮮な、ついさっき舞台上や袖で起きた芸人のことを話すのが、お客さんも笑いやすいやろうなと。
――M-1のMCをやるにあたって、決めていることなどはありますか?
前田 ベタですけど、準決勝の前は3日間、お酒飲まないようにしますね。今年は準々決勝も。
新井 僕はなにも(笑)。ただ体調管理だけはすごく気を使いますね。
滝音に思わず「ありがとう!」
――全17回のなかで、印象的だった芸人さんは誰ですか?
前田 大会ごとにみんな印象に残ってますね。ただ、これまでとちょっと違ったのは2019年の準決勝でミルクボーイを初めて見たとき。これまでいろいろな人のネタを面白いな、すごいなと思いましたけど、そのときのミルクボーイの漫才には感動してしまって。「ああ、もう優勝やろうな」と思って、その気持が抑えられへんくて……。それまでそんなこと一度もしたことなかったのに、本人のツイッター探して「本当に感動したわ、頑張れよ!」とDM送りました。
新井 直近も直近ですが、今年のワイルドカードの滝音ですね。毎年、ワイルドカード組は一番手というのもあって苦戦してらっしゃる方が多かった。でも今年の滝音はすごかったんですよ。トップバッターでバシバシとウケをとっていて。準決勝が終わったあと、たまたま滝音のさすけと会ったんです。「お疲れさまです!」って頭下げてくれた瞬間に僕、なぜか彼に握手を求めて「ありがとう!」と言っていました(笑)。
――その日の準決勝を盛り上げてくれたということでしょうか。
新井 はい、なんだか感極まってしまって。彼にしてみたら、決勝に行けないと判明した直後の落ち込んでるタイミングで急にそんなことされて、びっくりしたと思いますけど。
前田 数年前のピース・又吉(直樹)も印象深いですね。準決勝が終わってみんながハケたあと、ちょっと用事があって舞台に戻ったら、誰もいない劇場の緞帳(どんちょう)の裏で誰かが大の字になって寝転がって天井を見てた。それが又吉やったんです。まだ結果発表前だけど、自分であかんとわかったんでしょうね。ロマンチストやなと思いました。その何年後かに、芥川賞とりましたからね。
“お祭りムード”の変化
――おふたりは、この20年間の『M-1』の変化をどう感じていますか?
前田 最初のころは年末のネタ祭りといった感じで、お客さんも楽しむ雰囲気が強かった。それがだんだん、「この人らって優勝したら人生が変わるんや」というのが、よくも悪くもお客さんに伝わっていったんですよね。結果、準々決勝や準決勝の空気がどんどん重たくなっていった気はします。それだけ大きな大会になった証拠ではあるんですけど。
新井 2015年の番組復活以降は、SNSが当たり前になって、お客さんが自分で発信できるようになったので、審査員目線というか、自分から発信してこの場の状況を伝えようという方が増えましたね。
前田 手帳を持って見てる方もいるくらいですからね。
――だから、おふたりも最初に「とにかく笑ってください」と言いますよね。
前田 今年は「お客さんは審査できないですからね」とも言いました。準決勝の会場自体、決して漫才師にとってやりやすい場所じゃないし、お客さんにとって見やすい場所でもないので、そこは気を使いますね。ただ最近、準決勝は、お客さんより芸人の方がお祭りムードありますよ。始まったころに比べて、芸人同士のピリピリ感がないんです。
新井 たしかに、舞台袖の空気は変わりました。むかしは誰かがウケてたら、「……ああ!」とちょっとイラ立つような雰囲気がありました。いまインディアンスの田渕(章裕)くんなんて、ウケてるやつ片っ端から「よかったなあ!」って声かけにいったりして。
前田 芸人同士でウケ終わったら握手してたりとかね。そんなのは僕らの世代にはなかった。大きな変化を感じますね。
M-1支えるアマチュアの成長
――この20年で、漫才自体も大きく変化したと思います。
前田 ぜんぜんちゃいますよ。いろいろなパターンが次から次へと生まれてきて。決勝で新しい漫才を観た若い子がそれを教科書にして、どんどん広まっていくので。
――特に1回戦では、前年の優勝者や決勝に残った漫才の影響が顕著に見えたりもしますよね。
新井 すごいですよねえ。今年、アマチュアは男女コンビがむちゃくちゃ多かったです。最近のラランドなどの活躍の影響でしょうね。
前田 アマチュアのレベルも上がってきましたよ。大学のサークルでやってる子なんかはプロかアマチュアかわからない子もたくさんいますし、高校生くらいでもしっかり形になっていて。
新井 むかしは、アマチュアと言ったらマイクの前に立てるか立てないかくらいのレベルだったのが、いまはしっかり漫才されてますからね。
前田 むかしは黙る子もたくさんおったし、終わったあとどっちがネタ飛ばしたと袖でケンカが始まったりしてたし。
――6000組以上がエントリーして、全体のレベルが上がっている?
新井 すごいことですね。
前田 ただある意味、ちょっとつまらない。
新井 確かに。MC的には、ごたごたあったほうが面白いんですよ(笑)。
前田 アマチュアならではの発想や、とんでもないことを言う度胸がもっと見たいなと思っちゃいますね。
敗者復活戦は神様が見ている!?
――MCをやっていて、誰が勝ち抜くかはわかるものですか?
前田 そうですね。特に2010年までの敗者復活戦は、いちばんウケたやつが選ばれましたから。
新井 ドンと爆発したコンビが行ってましたからね。
前田 僕ら2人とも、中継でちょっとでもカメラに映りたいから、「こいつが決勝に上がるやろうな」というヤツを自分のそばに連れてくるんですよ。スタジオで名前呼ばれてそいつの顔がカメラに映されたとき、自分も映るように。
新井 そいつの手を持って上に突き上げて、一緒に勝ち名乗り上げるんです。
前田 それが、ぜったい映る秘訣(笑)。
新井 だいたい前田くんが取っていきましたけど、僕、ライセンスのときだけ腕とりました。サンドウィッチマンのときは、どっちも腕がとれる位置だったんですけど、僕らより先にハチミツ二郎がとっていきました。
――M-1は敗者復活戦もひとつの見どころですね。
新井 2010年までの敗者復活は本当にお祭りでした。2015年のM-1復活後はぐっと組数が減って、落ち着いた感じがしますね。
前田 2010年の敗者復活はもう最後やし、怒られてもいいと思って、『ONE PIECE』のルフィのコスプレで出たんです。それができるくらいお祭りだったんですよね。大井競馬場に5000人くらいお客さんがきて、半日かけてやって。
――昼に始まって、どんどん寒くなっていくんですよね。
新井 僕らの持つハンドマイクも凍るくらい冷たくなって。
前田 オードリーが敗者復活で上がった年がいちばん寒かったですね。風がめっちゃ強くて、芸人の待機場所になっている舞台裏の仮設テントが飛ばされそうになったんですよ。それを春日(俊彰)くんとかと必死で押さえたことを覚えてます。そのとき、「あ、こいつ復活上がるんやろうな」と思いました(笑)。神様はちゃんと見てたんですね。
新井 はははは! こうやって振り返ると、M-1に対しては親戚のおじさん目線で「大きくなったなあ」という感覚ですね。いつの間にか、漫才師が人生をかけて挑める場になって。
前田 そうやな。でもやっぱり、お客さんにはただただ楽しんでもらいたいです。芸人には、人生変えてもらいたい。でもM-1に縛られすぎてしまう子もおるから、M-1だけが漫才じゃないってことも、忘れずにいてもらえたらと思います。