自信作「ぐろ天」が人気メニューに! 島根県で大活躍の“ビジネス芸人”奥村隼也の野望を深掘り「自分の成功事例を引っ提げて全国の自治体を回りたい」

どうも。芸人ライターのてんぐ・横山ミルです。皆さんは「住みます芸人」をご存じですか? 「住みます芸人」とは、吉本興業の所属芸人が全国各地に移住・居住し、地域の魅力を発信しながら、まちづくりや地域活性化に取り組む地域発信型プロジェクトです。そんな「住みます芸人」として地方で活動する芸人たちの活躍の場は、テレビやライブステージにとどまりません。

今回は、「首都圏住みます芸人」の私、横山ミルが、島根県邑南町(おおなんちょう)を拠点に活動するピン芸人・奥村隼也を紹介します。波乱万丈の日々を送り、「地域密着型ビジネス芸人」として大きな注目を集めている奥村の活躍を、とくとごらんください!

出典: FANY マガジン
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島根に来て早々、路頭に迷うピンチに!

元料理人という異色の経歴を持つ奥村は、現在、芸人としての活動はもちろん、自ら会社を設立して地域特産品を使った商品開発に取り組み、さらには県立高校の「魅力化コーディネーター芸人」までこなしています。そしてこの7月には、その腕を見込まれて、閉店した地元の人気飲食店「ダイニングPOND」を引き継いで、新たなかたちで復活オープンさせました。

そんな奥村に地方での飲食店経営のリアルな舞台裏、そして今後の“野望”についてじっくりと話を聞いていきましょう!

――奥村くんはNSC(吉本総合芸能学院)東京の14期生なんですよね。もともと東京で活動していたのに、どういう経緯で、島根県で活動することになったんですか?

ちょっと複雑なんですけど(笑)。当時、東京で同期だったお笑いコンビ・ほのまる(現・鳥取県住みます芸人)と一緒に住んでいたんですよ。彼らが先に鳥取に行くことになって、話を聞くと「地方のほうが、仕事があるよ」と。当時はライブ出演の機会も限られていたので、「じゃあ、僕も鳥取に行ってトリオになろう」と思って鳥取へ行ったんです。

――最初はトリオになろうとしていたんですね!

そうなんです。でも、吉本に「トリオになるのはダメだ」と言われまして(笑)。当時、彼らは地元企業とのコラボ契約などもあったので、リスクがあると言われてしまって。「別々でやれ」と。

――急に1人で路頭に迷うことに(笑)。

そうなんですよ! で、どうしようかと思っていたら、ちょうど島根のケーブルテレビ局から「お昼の生放送番組で使いたい」とオファーをいただいたんです。

出典: FANY マガジン
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――へぇ! どうしてそんな展開に?

鳥取で彼らと一緒に動いていたときに、たまたま交流したファンの人がテレビ局に「こんな面白い芸人がいますよ」って声を届けてくれたみたいで。それで急に帯番組のレギュラーが決まったんです(笑)。

――ファンの人の一言から! すごい引きですね。

ただ、事務所の正式な手順を飛ばして話が進んでしまったので、当時の広島事務所の所長にはすごく怒られましたけどね(笑)。でもその流れで、初代島根県住みます芸人の桂三段さんが落語の活動で東京に戻られるタイミングとなり、「お前が島根でやれ」となって、2013年から正式に島根県住みます芸人として活動することになりました。

“料理芸人”として商品開発の会社をスタート!

――島根で10年以上、活動しているけれど、最近では自分で会社を設立したり、お店を開いたりと大活躍しているよね。その経緯も教えてください。

BSよしもとが立ち上がった時期(2022年)に「一番組一起業」という取り組み(「番組が新たなビジネスや雇用を生み、ひとつの事業となる」という局のコンセプト)がありましたよね。当時、僕は邑南町(おおなんちょう)という場所で地域おこし協力隊をやっていたんです。隊員の任期が終わるタイミングで、地域に貢献できる会社を作ろうと考えました。それで吉本からも出資を受けて「商品開発の会社」を立ち上げたんです。

――商品開発ですか!? もともと、そういうノウハウがあったんですか?

実は僕、芸人になる前に東京でずっとイタリアンなどの料理人をやっていたんです。

――料理人だったんだ!

そうなんです。正直、料理人を辞めたくて芸人になったのに、まさか巡り巡って料理が、いちばんの武器になるとは思いませんでした(笑)。

出典: FANY マガジン
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――人生わからないものですね(笑)。どんな商品を開発されたんですか?

いちばん最初に開発したのが『おおなんの宝』という、食べる醤油です。これがコロナ禍にもかかわらず、ボチボチヒットしまして。そうしたら、まわりや吉本の社員さんからも「お前はもう料理の道で行け!」と言われ、宣材写真もコックコート姿に変えさせられました(笑)。

――すっかり「料理芸人」として定着したわけですね!

地元の人に請われて居酒屋オープン! ところが…

――そして、今年7月にはご自身のお店(「ダイニングPOND」)もオープンされて。

そうなんです。邑南町にあるお店が去年いっぱいで閉まることになって、誰もやる人がいなかったんです。地元の人から「奥村くん、ここやってくれないか」と何度も頼まれて。最初はリスクが高いから断っていたんですけど、町の人たちの声がどんどん強くなって……ついには僕を通り越してマネージャーに直接、交渉がいくようになったんです(笑)。

――マネージャーに直談判(笑)。

マネージャーも「ええやん、やりなさいよ」となって逃げられなくなり、覚悟を決めて引き継ぐことにしました。

――実際にお店をオープンしてみてどうでしたか?

最初は地獄でしたよ! オープン初日の7月5日、吉本の社員さんにも「念のため、手伝いに来て」と言っていたのに、全然いらないくらいヒマで(笑)。

出典: FANY マガジン
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ドブ板営業でお客の心をつかむ

――初日なのに!? 住みます芸人として地元で認知されているはずなのに、どうして?

ここが都会と地方の大きな違いだったんです。都会の飲食店なら7〜8割が新規のお客さんで、映える写真をSNSに載せて呼び込むスタイルが通用しますよね。でも、僕がいる邑南町は人口9000人弱、高齢化率46%の町です。若者も少ないし、大学もない。

――SNSでの集客がそのまま通用する環境ではないんですね。

そうなんです! 地方では「知っている」ということと「お店に来てくれる」ことはまったく別物でした。完全に8〜9割が「リピーター」「町内の常連さん」で成り立つ世界なんです。それに気づいてから、SNS中心の考え方を一変させました。

――どうやって挽回したんですか?

泥臭いドブ板営業ですよ(笑)。用がなくても地元のいろんなお店や集まりに顔を出して、さりげなく、「今度、お店来てください!」って直接、挨拶して回りました。商工会の集まりにも欠かさず顔を出して、一人ひとりの名前と顔を覚えました。

――徹底的なフェイストゥフェイスの営業ですね。

そしたら、地元の小・中・高校の先生方や、大きな病院の先生たちが団体で使ってくれるようになったんです。地域の義理堅さに支えられて、オープン2カ月でなんとか目標の売り上げラインをギリギリ達成できるようになりました!

――すごい! ちなみに、人気メニューは何なんですか?

前のお店から引き継いだソーセージと、僕が開発した『ぐろ天』という商品です。地元の「のどぐろ」のアラを粉末にして練り込んだ黒い天ぷらなんですけど、これがすごく好評で。あとは、普通のチャーハンやラーメンもめちゃくちゃ出ます。みんなベタなものが食べたいんですよね(笑)。

講師として高校の教壇にも立つ

――お店の営業に加えて、芸人の仕事や地域での取り組みも忙しいんじゃない?

いま、週6日で夜の居酒屋を営業しながら、昼間はロケやイベントをやっています。もうめちゃくちゃ体がしんどいです!(笑)。41歳には夕方から深夜までの営業が身にしみます……。でも、お店経営だけじゃなくて、地域での面白い取り組みもどんどん増えているんですよ。

――どんな取り組みをしているんですか?

地元の県立高校「矢上(やかみ)高校」で、探究学習の講師として、生徒たちと一緒に商品開発の授業をやっています。生徒たちには「ただ商品を作るんじゃなくて、君たちが卒業したあとも売れ続ける商品を作ろう」と教えていて、試作品を僕のお店で提供したり、イベントを企画したりしています。

――素晴らしい教育的アプローチですね。

その縁もあって、なんと今回、高校と県の教育委員会から正式に『魅力化コーディネーター芸人』という肩書きをいただいたんです! 学校と地元の民間企業を繋ぐハブの役割ですね。高校が直接、企業にお願いしても断られることがあるんですが、僕が間に入ることで、「じゃあ、やろうか」と話が滑らかに進むことが多いんです。

出典: FANY マガジン
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考案中の新プロジェクトとは!?

――高校との連携から、さらに新しいプロジェクトも考えていると聞きました。

そうなんです! まだ脳内構想なんですが、矢上高校と一緒に面白いプロジェクトができないかな、と。矢上高校って、県外から来ている野球部の寮生とかがたくさんいるんですけど、遠方から応援に来る親御さんたちが宿泊する場所がないという課題があるんです。町にホテルは少ないし、賃貸アパートもほとんど空いていない。

――応援に行きたくても、泊まる場所がないのは親御さんにとっても切実ですね。

そうなんですよ! そこで、高校の近くにある空き家を何軒か借りたり、買い取ったりしてリノベーションし、「矢上高校関係者(寮生の親御さんなど)専用の宿泊施設(寮的な場所)」をつくったらいいんじゃないかと思いついて。一般の観光客を集めるのではなく、最初からニーズが明確な親御さんたちを対象にするビジネスモデルです。

――なるほど! ニーズがしっかり確立されていますね。

この宿泊施設を、家賃というよりは「月額サブスク(定額制)」のようなかたちで親御さんたちにご利用いただこうと考えていて。さらに、そのサブスクの会員特典として「僕の居酒屋で使えるサービス券」などをセットで付けら……と、いろいろ構想を練っているんです!

――宿泊サブスクと自分のお店が連動するわけですね!

そうなんです! 親御さんたちは安く快適に泊まれて、邑南町に来たときは僕のお店で美味しいご飯やお酒を食べていただける。お店にとっても、見込み客が定期的に来店してくれるという、双方にメリットがある循環が生まれるんです。

――まさに地域課題の解決と自社ビジネスが見事に融合したアイデア!

さらに来年あたりは、地域向けにクラウドファンディングなどで資金を募って、BSよしもとの番組枠を買い、矢上高校の魅力を全国に発信するVTRを流す、なんてことも少しずつ考えていけたらと思っています。吉本の芸人仲間を呼んで高校で特別授業をしてもらい、その様子も放送する。そうすれば、「野球だけじゃない、面白い取り組みをやっている高校だ」と全国に知られて、さらに県外から生徒が集まってくるはずなんです。

出典: FANY マガジン
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「地域に入り込んで、地域を元気にする」

――話を聞いていると、芸人という枠を超えて本格的な実業家・地域プロデューサーですね。

いやいや! 僕だって最初は漫才やコントで大爆笑を取って売れたかったですよ!(笑)。M-1やR-1にも挑戦しましたけど、全然ダメで。「あ、自分はネタでトップを取るタイプじゃないな」とどこかで悟ったんです。同じ土俵で戦うのではなく、「地域に入り込んでビジネスを回し、地域を元気にする」という別の角度で特化しようと思いました。

――今後の目標や展望を教えてください!

まずはPONDを多くの人たちに愛される店にすること、そして邑南町のためになることを考えていきたいです。「空き家再生×サブスク×飲食店」のモデルもぜひ実現させたい。このパッケージができれば、都会ではない全国の他の地域でも絶対に応用できると思うんですよね。だから、この成功事例を引っ提げて全国の自治体や地域に講演に行きたいです!

――全国の地域活性化に悩む場所にとって、奥村くんのノウハウは希望の光になるね。

そう言っていただけると嬉しいです。まあ、裏を返せば「お金を稼ぐ柱をたくさん作らないと生きていけない」という泥臭い切実さから始まったことなんですけどね(笑)。

――奥村くんの地域に対する真摯な思いと、タフな生き様を聞かせていただきました。これからの活躍も楽しみにしています!

ありがとうございました! 島根に来た際は、ぜひ僕のお店に遊びに来てくださいね!

出典: FANY マガジン
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「笑い」の枠にとどまらず、地域ビジネスと教育の架け橋として走り続ける奥村隼也の挑戦から、今後も目が離せません!

【プロフィール】
島根県住みます芸人・奥村隼也(オクムラ ジュンヤ)
邑南町で飲食店「ダイニングPOND」経営、(株)HAYABUSA代表取締役社長、東京NSC14期生、歴史、城好き。松江城時代案内人(奥村笑守隼高)、月山富田城ボランティアガイド

公式X:https://x.com/kyubinsentar
公式Instagram:https://www.instagram.com/j_okumura/?hl=ja