バラエティ番組や舞台、テレビドラマなどで大活躍中のお笑いコンビ・霜降り明星のせいやが、自身の高校時代の経験をベースにした小説『奪われかけた青春をコントで取り返してみた』をFANYマガジンで好評連載中!
今回は第9回目、ヤマイの勇気を持った行動のおかげで、イシカワの作品が文劇祭に選ばれます。
そしてそれぞれの役割分担を決めていく中で、新たに頼もしい仲間が加わることになるのです。
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『TSUTAYAの魔術師』
ヤマイの活躍もあり、イシカワは奇跡的に文劇祭のプレゼンを勝ち抜いた。ここから本番までの間、リーダー的存在となってクラスを動かしていくのだ。今まで肩身が狭かったイシカワにとっては夢のような出来事だった。
まずは「リアル桃太郎」の主要なキャストを決めていく作業からだ。主役をどうするか? これはヤマイにやってもらいたかった。自分はネタを考えたりするだけで十分だったし、自分が主人公をすると黒川や小林たちに何をされるかわからない。それにハゲている自分がやると、変な笑いが起きてボケの邪魔になる可能性がある。ヤマイが主人公、あとのおじいさんやおばあさんは演劇部の舞台慣れしている男子と女子にやってもらうことになった。お供の弁護士や公認会計士の役なども順番に決まっていった。
このホームルーム中、黒川軍団の4~5人の男子は関係のない話をしてこのキャストの話し合いに全く入ってこなかった。やはりイシカワ主導のコントは気に喰わないようだ。仕方がないので自動的に背景や大道具担当という形になった。実はこれがのちに厄介なことになる。
そして照明係もだいたい決まり、いよいよ一番大事な仕事が残った。それは音効(おんこう)係だ。「コントや芝居で間違いなく出来を左右するのはこの音効係だ」とイシカワは思っていた。音を鳴らすタイミング一つで、ボケたあとの間(ま)やお客さんの笑いに直接、大きな影響を与えるからだ。実際、イシカワの脚本では桃を切る音でおばあさんがおじいさんを切ったり、手刀で水を真っ二つに切るなど、音でわかりやすくボケる場面が多かったのだ。この大役を自分がやれればいいのだが、イシカワは影マイクでツッコむ大事な役割もあった。いわばナレーションツッコミという役割で、ボケを回収していくというこれもまた難しい仕事だったのである。要するに、演者はボケているように見えて実はみんながネタフリ担当で、ナレーションのセリフと音で笑わせていくというシステムだ。
そんな中、「音効を担当したい」という猛者(もさ)が名乗りを上げた。放送部のモリキ君だ。モリキ君は小柄で分厚いメガネをかけており、休み時間は誰とも喋らずにイヤホンをしながらひたすらAMラジオを聴いてニヤニヤしているような生徒だった。また、図書館に行ってパソコンなどをひたすら触っていた。あまり誰とも接することがなく、みんなから「少し変わっている」と思われているタイプの生徒だったが、イシカワはだからこそ任せられると思った。みんなに暗いと馬鹿にされている人のほうが、個性が特化しているところがあると昔からの経験でわかっていたからである。こうして、一番大事な音効係はモリキ君に決まった。放課後、みんなが帰ったあとの教室で早急にイシカワとモリキ君で打ち合わせをした。なんだかクラスの首脳会談みたいで興奮した。
一方、具体的なタイムスケジュールも逆算していかないと間に合わない。「この日までにここのシーンやくだりの練習がしたいから雷の音やライオンキングの音、川の効果音などを用意してほしい」というお願いをモリキ君に頼んだ。「だいたい1週間後に揃うかな」と思っていたら、なんとモリキ君は次の日に全部を揃えてきた。しかも雷だけで4パターンもあり、自分でパソコンを使って編集した音をサンプルで聞けるようにして持ってきてくれた。モリキ君はこのコントと関係なく、そもそも趣味で学校帰りに毎日、TSUTAYAに寄っていろんな効果音をパソコンに取り入れたり、洋楽などの面白いところを切り取ってビートにしたりもしていた。そう、侮っていたが、モリキ君は〝TSUTAYAの魔術師〟だったのである。モリキ君はその音源を聴かせたあと、ニマっと笑って「音はぜんぶ俺に任せて。あとモリキーって呼んでよ」と言った。
(モリキー‼ こんな一面もあるのかモリキー!)
こうして、TSUTAYAのフリー音源を無限に操る魔術師が仲間に加わった。イシカワ、ヤマイ、モリキー。ドラクエに例えるなら勇者、僧侶、魔法使いが揃ったようなもの。熱い…あとは戦士がいてくれたら言うことがないくらいだ。しかしこの戦士が意外なところから現れることになる。
運命の文化祭まであと21日。
次回は11月5日(金)公開です。
霜降り明星・せいや
1992年9月13日生まれ。大阪府東大阪市出身。
2013年に相方・粗品と「霜降り明星」を結成。2018年には『M-1グランプリ』で大会最年少優勝を果たす。
舞台やバラエティ番組で活動する傍ら、ドラマ『テセウスの船』に出演するなど、幅広く活躍している。