霜降り明星・せいや初小説連載!
「奪われかけた青春をコントで取り返してみた」
連載10回目

奪われかけた青春をコントで取り返してみた

自身の高校時代の経験をベースに、今回は、日々ペンを握りしめながら、原稿を綴っています。『読売中高生新聞』の連載をFANYマガジンで追っかけ連載。

自身の高校時代の経験をベースに、今回は、日々ペンを握りしめながら、原稿を綴っています。『読売中高生新聞』の連載をFANYマガジンで追っかけ連載。

イラスト:金井淳
出典: FANY マガジン

バラエティ番組や舞台、テレビドラマなどで大活躍中のお笑いコンビ・霜降り明星のせいやが、自身の高校時代の経験をベースにした小説『奪われかけた青春をコントで取り返してみた』をFANYマガジンで好評連載中!
今回は第10回目、文劇祭に向けて準備が着々と進む中、あの男がイシカワの前に再び立ちはだかります。

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悲しみの花より男子

 TSUTAYAの魔術師モリキーを仲間に加えたイシカワは、文劇祭の準備を着々と進めていた。ヤマイのセリフが多いので、プール裏のオアシスで休み時間は個人練習、放課後はモリキーが家から持ってきたコンポ(当時はスマホとかはなくMD全盛でそれにいろんな曲などを入れていた)で何回も音の確認をしていた。
 照明チームや大道具チームといったクラスの周りのメンバーも着々と準備を進めており、桃が流れてくる川や、途中の裁判で揉めるところの背景なども、みんなが動いて作ってくれていた。完全にクラスがチームになりかけていた。黒川の集団を除けば。
 いじめの主犯・黒川、人の弁当をひっくり返したり残忍なことをしてくる小林、そしてその周りに数人の仲良くしてる奴らがいた。こいつらはグループでかたくなに文劇祭の準備はしておらず、他のクラスに行っては、「うちのクラスは黒川がコントの台本を考えている。それなのにイシカワというハゲてる奴がなぜか目立とうとして仕切っている」という、まったく根拠のないデマを流し回っていた。
 そう、黒川はまだこの文劇祭をぶっ壊すことを諦めていなかったのだ。それどころか、もしコントが成功しても、すべてを自分の手柄にしようとしていた。そのことにイシカワ、ヤマイ、モリキーは気づいていたが、相手にせず台本をどんどん作り込んでいた。
 しかし、とうとう黒川が動き出した。夜の10時に「コントのことで話があるので恩地川(おんちがわ)の吉野家の裏に集合してくれ」と急に誘ってきたのである。その吉野家の駐車場の裏は川に近く、この高校の学生たちがよくたむろする場所だ。イシカワはヤマイと2人で自転車に乗って向かった。現地に着くとあっちには黒川軍団フルメンバーの5人が揃っており、着くやいなや小林がイシカワのニット帽を剥ぎ取ってきた。母親に頼まれて、最近は外にいる時はニット帽を被っていた。「脱毛症が治りますように」と母親が買ってきてくれたニット帽だった。イシカワはほとんど髪の抜けた頭をさらけだされ、黒川に写真を撮られた。「この写真を文劇祭のコントの途中にばら撒く。それが嫌なら今から言う要求を呑め」と言ってきた。
 1つ目は「このコントを作ったのは俺たちのグループだということを自ら公言しろ」ということ。そうすれば大学のAO入試や推薦の時の内申点がもらえるからだ。2つ目は「文劇祭当日、お前は学校に来るな」というとんでもない条件だった。こんなの呑めるわけがない。イシカワが言いかける前にヤマイがキレた。

イラスト:金井淳
出典: FANY マガジン

「いい加減にしろよ、お前ら」と黒川の胸ぐらを掴もうとしたがその瞬間、小林がヤマイの腹に思いっきり膝蹴りを入れた。残りのメンバーに捕らえられてヤマイは崩れ落ちた。「お前らに選択の余地はないんだよ! あぁ!!」と小林が叫んだ。当時流行っていた『クローズ』や『ルーキーズ』のヤンキー漫画の一コマみたいだった。
「お前に学校で生きる資格なんてないんだよ!」
 黒川は続けてそう叫びながら、イシカワのニット帽を小林から受け取るとそのまま川に投げ捨てた。母親に買ってもらったニット帽。それを見たイシカワは、人生で初めて堪忍袋の緒が切れた。人生でキレたことのないイシカワは「ウワァー‼」という悲しみと怒りが混じった言葉にならない叫びとともに小林に飛びかかった。しかし勝てるわけもなく腹に蹴りを入れられ、黒川に少ない髪を掴まれて羽交い締めにされた。15歳にもなって、人数で圧倒するという野蛮な表現しかできないこいつらと同じクラスになった自分を恨んだ。だが戦況は急変する。黒川軍団の1人である篠原が黒川に猛抗議しだしたのだ。
「これが高校生になってやることか? 今日までもいろいろ見てきてやりすぎなことはあったけど、これはまったく笑えない。こんなことをしていたらバスケ部も退部させられる」
 それを聞いた小林が「いきなり気持ち悪い正義感を出すなよ」と言いながら、篠原の胸ぐらを掴んだ。すると篠原はなんと小林を殴った。そこから篠原と小林の殴り合いがしばらく続き、黒川がそれを止めてなんとも言えない空気になって黒川たちは解散した。
 なんと黒川軍団に亀裂が走ったのだ。残ったのはイシカワとヤマイ、そして篠原。篠原は気まずそうにしていたが「今まですまん」と謝ってきた。黒川と小林がやっていることは弱者がやるくだらないことなのに、雰囲気でつるんでしまっていたという謝罪だった。ヤマイとイシカワは意外な展開にずっと驚いていた。篠原は「今からでも遅くないからニット帽を探しに行こう」とも言ってくれた。上から川を見るとまだニット帽がプカプカ浮いて流れていた。
 イシカワはここでドラマの『花より男子』を思い出していた。井上真央演じる牧野つくしのネックレスが、松本潤演じる道明寺司に川に投げられてしまう。しかしそのあと、つくしは川を流れるネックレスを走って追いかけて発見し、つくしが抱きしめると、劇中歌として宇多田ヒカルの『Flavor Of Life』が流れる感動のシーンがある。同じようにニット帽が今流れている。イシカワとヤマイと篠原は3人で川に入り、『花より男子』みたいにニット帽を追いかけた。宇多田ヒカルの『Flavor Of Life』も頭の中で流れていた。しかしここは東大阪のただの汚れた川。ブクブクとニット帽はゴミと一緒に沈んでいった。あぁ、あぁ……悲しそうに沈んでいくニット帽を、3人は無の顔でぼうぜんと見送った。
 運命の文化祭まであと14日。


次回は11月19日(金)公開です。


霜降り明星・せいや

1992年9月13日生まれ。大阪府東大阪市出身。
2013年に相方・粗品と「霜降り明星」を結成。2018年には『M-1グランプリ』で大会最年少優勝を果たす。
舞台やバラエティ番組で活動する傍ら、ドラマ『テセウスの船』に出演するなど、幅広く活躍している。

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