霜降り明星・せいや初小説連載!
「奪われかけた青春をコントで取り返してみた」
連載12回目

奪われかけた青春をコントで取り返してみた

自身の高校時代の経験をベースに、今回は、日々ペンを握りしめながら、原稿を綴っています。『読売中高生新聞』の連載をFANYマガジンで追っかけ連載。

自身の高校時代の経験をベースに、今回は、日々ペンを握りしめながら、原稿を綴っています。『読売中高生新聞』の連載をFANYマガジンで追っかけ連載。

イラスト:金井淳
出典: FANY マガジン

バラエティ番組や舞台、テレビドラマなどで大活躍中のお笑いコンビ・霜降り明星のせいやが、自身の高校時代の経験をベースにした小説『奪われかけた青春をコントで取り返してみた』をFANYマガジンで好評連載中!
いよいよ最終回、最大の試練にイシカワとヤマイ、モリキー、そしてシノハラの4人はどう立ち向かうのか。

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コントで青春を取り戻した

 「死ね」という背景が出てきてザワつく体育館。その背景を用意したのは間違いなく黒川たちだ。それだけは全員が一瞬で理解した。
 これでは半年かけてきたイシカワの構想が潰れてしまう。しかしイシカワは落ち着いていた。マイクを持ってアドリブでナレーションを入れた。
 「昔、昔、おじいさんとおばあさんは近所から大変嫌われており、過激な落書きを家の壁に書かれていました」 
 すると客席はドッと笑った。むしろ通常のつかみよりワクワクさせるものになったかもしれない。今から何が始まるんだ? どういう話なんだ? 客席は一瞬で安心した空気を出した。
 そして追撃で、そのナレーション終わりでモリキーが悲しいBGMを流した。それもまた、おじいさんとおばあさんがいるだけでものすごく滑稽に見えるのでウケた。
 そう、モリキーとイシカワは、前日にシノハラに忠告されていたのである。「黒川の集団たちが何かやってくる可能性が高い。変な背景を仕込んでくるか、急に違う役で最初潰しにかかるかわからないが何か企んでることは間違いない」と。
 そこでイシカワとモリキーは、どのような状況でも、イシカワがアドリブでツッコミを入れて、モリキーが喜怒哀楽の5パターンの音を用意しておく。この練習を徹夜でやっていたのだ。だから「死ね」と書いた背景にも咄嗟に対応でき、無事にリアル桃太郎が始まった。
 あとから聞いた話だが、このとき黒川は舞台裏でボソッと「バケモンかこいつら」と呟いたらしい。
 そして桃が割れて、おじいさんが桃太郎を信じず、おばあさんの不倫を疑う最初のボケ。ヤマイのオアシスでの稽古の甲斐もあってドカドカとウケた。何より教師陣や生徒の親たちの笑い声が響いた。
 「なんだこのクラスは! 見たことない出しものだ!」
 そんな感じのリアクションが体育館一帯に広がっていった。後ろからツッコミを入れるたびに、笑いが起きるたびに、それを見てイシカワは気づくと泣いていた。モリキーも音を出しながらイシカワの顔を見て泣いていた。
 親に皮膚の薬を塗ってもらって抜けた髪の毛を見つめていたあの頃、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。
 客席でイシカワの母親も笑い泣きしていた。
 担任の先生も拳を握りしめながら、イシカワのほうを嬉しそうに見て力強く頷いていた。
 そして、おじいさんもおばあさんも警察に連れて行かれる最後のボケが終わった。桃が流れてきて、その中からおじいさんとおばあさんが犯した罪が書かれた長い紙がエンドロールのようにどんどん流れいった。
 勝手に桃を拾った罪、桃を切ろうとした時に使った包丁が銃刀法違反に当たるなど、どんどんフリップ芸のように生徒が引っ張り、出てくる。
 最後に体育館が割れるようにウケた。生徒が全員立ち上がって拍手している。この高校の文劇祭はレベルが高いがその中でもかなりの盛り上がりを見せた。 
 そしてそのまま表彰式へ。賞を授与される一番大事な式典だ。3位から2位の発表が終わり、残すところは最後の最優秀作品のみというところまできた。まだ8組は呼ばれていない。長いドラムロールのあと、ついにきた。全員息をのんだ。

出典: FANY マガジン
イラスト:金井淳
出典: FANY マガジン

 「最優秀作品は1年8組!!!」
 学校全体がどよめいた。1年が3年を負かして最優秀を取るのはよっぽどのことだからだ。
 生徒が1人代表で表彰式の壇上に上がっていく。8組から出たのはもちろんイシカワだと思った。がしかし、表彰の舞台に上がったのは黒川だった。最後の最後までこのタイミングを狙っていたのだ。黒川は手を振っていたが、1年8組からは総スカンのリアクションだった。
 「イシカワが気の毒だ」。みんながそう思ったが、そこにはイシカワはいなかった。イシカワだけじゃなく、モリキー、ヤマイ、シノハラの姿も見えなかった。
 この4人は表彰式に出ていなかった。体育館に残らず、オアシスでコーラやジンジャーエールで肩を組みながら4人で乾杯していたのだ。 
 4人は泣き笑いのような顔で、互いの本番の緊張やファインプレーなどについて楽しく語り合った。そう、最優秀などフタをあけてみればどうでもよかったのだ。この4人で劇をやり切ったこと、イシカワの半年にわたる構想が実現できたこと……この時点でもう幸せのピークだった。 
 このプール裏で始まった4人の友情はたぶん死ぬまで忘れないだろう。ウルフルズの『笑えれば』をみんなで大熱唱した。心では「黒川が表彰式に出ているんだろうな」と思っていたが、そんな小さなことはもうどうでもいい。最初は黒川にいじめられて復讐しようとしていたが、そんな気持ちはそういえばこの劇に熱中するうちに消えていた。
 黒川をギャフンと言わすことなどどうでもよくて、自分の好きなもの、自分のことを好きでいてくれる人、それだけを大事にすることが一番の復讐になるんだとイシカワは悟った。
 これが青春でなくて何が青春だ。
 この友達、そして自分にしかできないことを大切にしよう。
 大人になったらこの体験を言葉で書いて多くの人に伝えよう。
 そして数年が経ち大人になり、イシカワはこの話を書き出した。


 なぜ生きているのか迷ってる人もいると思う。自分は何のために生まれてきたのか? なぜもっとうまく生きられないのか? 
 でも最近、妹が姪っ子を出産したときに思った。人間は生まれたときに両親や周りの人を必ず笑顔にしている。幸せな気持ちにしている瞬間がある。みんな忘れているだけで赤ちゃんのときはみんなを笑顔にして生まれてきている。おそらくそれだけで十分使命を果たしているのだ。
 思い切った考えだが、ずばり生きてる意味なんてない。昔みんなを喜ばせて生まれたときに使命は終わっている。そこからボーナスで人生を生きているだけ。みんな幸せにしたご褒美で生きているだけなんだ。
 だから何にも考え過ぎず1人1人のご褒美の人生を過ごそう。


霜降り明星・せいや

1992年9月13日生まれ。大阪府東大阪市出身。
2013年に相方・粗品と「霜降り明星」を結成。2018年には『M-1グランプリ』で大会最年少優勝を果たす。
舞台やバラエティ番組で活動する傍ら、ドラマ『テセウスの船』に出演するなど、幅広く活躍している。

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